フタユビナマケモノ属2種における毛の形態学的特徴

発行年・号

2012-55-01

文献名

フタユビナマケモノ属2種における毛の形態学的特徴
(Morphological Characteristics of Hair in Two Species of the Genus, Choloepus)

所 属

日本大学生物資源科学部、東京都多摩動物公園、東京都恩賜上野動物園、よこはま動物園ズーラシア、*元東京都恩蜴上野動物園

執筆者

大峯麻希、吉川温子、金澤朋子、細田孝久、宮田桂子、中村壮澄、小宮照之、村田浩一

ページ

1〜8

本 文

[原著]
フタユビナマケモノ属2種における毛の形態学的特徴

大峯麻希1、吉川温子1、金澤朋子1、細田孝久2、
宮田桂子3、中村壮澄3*、小宮照之3*、村田浩一1.4

1日本大学生物資源科学部、2東京都多摩動物公園、
3東京都恩賜上野動物園、4よこはま動物園ズーラシア
*元東京都恩蜴上野動物園

Morphological Characteristics of Hair in Two Species of the Genus, Choloepus

Maki Ohmine1, Atsuko Yoshikawa1,
Tomoko Kanazawa1, Takahisa Hosoda2, Keiko Miyata3,
Sousui Nakamura3*, Teruyuki Komiya3* and
koichi Murata1.4

1College of Bioresource Sciences. Nihon University, 2Tama Zoological Park
3Ueno Zoological Gardens,
4ZOORASIA Yokohama Zoological Gardens
*formerly l'eno Zoological Gardens

要約
フタユビナマケモノ(Choloepus didactylus)とホフマンナマケモノ(C.hoffmanni)の毛形態の詳細を観察記録すると共に毛の微細構造と緑藻類着生との関係を実験的に調べた。フタユビナマケモノ属2種の毛は、溝数が毛中央部付近ご最大となり、横断面における歯車状突起の最大数は9~13個であった。突起部分は毛根付近から中央部にかけて徐々に出現していた。Hair-baiting法による毛表面への真菌類」(緑藻類の代替)の着生実験では、溝間にも菌糸の着生と生長が確認された。毛の保水に関する実験では、2種共に毛の保水率は対照動物と比較して有意に高かった。フタユビナマケモノ属の毛は、歯車状の構造で着生面積を大きくし保水率を高めることで緑藻類に好適な生育環境を提供していると考えられた。

キーワード:フタユビナマケモノ、毛、形態

はじめに
ナマケモノ類は、中央アメリカから南アメリカにかけて分布する熱帯降雨林に環境適応した異節上目(Xenarthra)の哺乳動物で、現在2科2属5種もしくは6種に分類されている(Nowak,1999)、ナマケモノ類の毛の表面形態については、過去にいくつかの研究がなされており (e.g.Wujek and Cocuzza,1986: Chernova 2000)、なかでもフタユビナマケモノ(Choloepus didactylus)とホフマンナマケモノ(C. hoffmanni)の毛は、表面が隆起(突起部)と溝で構成される特異な毛形態を持つことが知られている。これら2種の毛の表面構造は、緑藻類の着生に適していると考えられている(Aiello, 1985: Gilmore et al., 2001: Wujek and Cocuzza,1986)。 しかし、毛の表面形態の詳細や緑藻類の生長環境としての微細構造およびその機能については未だ明らかではない。そこで飼育下のフタユビナマケモノ属2種を対象として、毛表面の形態観察を行うとともに、その形態と緑藻類着生との関係について観察および実験による新知見を加えた。

材料と方法
対象動および採取試料
対象動物種と個体情報は以下に記したとおりである。本研究に供試した毛は、各個体の背部、腰部、大腿部および上腕部から抜去あるいは脱落したものを採取した。
フタユビナマケモノ 神戸市立王子動物園で飼育されていた雌1個体(成獣)
ホフマンナマケモノ 東京都恩賜上野動物園で飼育されていた雌雄各1個体(愛称:雄:ヒデ・雌:コウ、共に成獣)
対照試料として毛長および毛幹幅がナマケモノ類に近似している以下の動物2種から毛を採取した。
タテガミオオカミ(Chrysocyon brachyurus) 東京都恩賜上野動物園で飼育されていた雌1個体(愛称:コンチャ)
ニシローランドゴリラ(Gorilla gorila gorilla) 東京都恩賜上野動物園で飼育されていた雄1個体(愛称:ショウ)
採取した毛は、99%エーテルとエタノールの混合液(1:1)に浸漬して一晩攪拌し、超音波洗浄機で30分間処理した。さらに蒸留水で洗浄し自然乾燥させて観察および実験に供した。

観察方法
毛の形状および測定 吉川ほか(2005)の報告に基づき、毛の形状と色調を観察記録した。毛長は両端を軽く引き伸ばした状態でデジタルノギス(Mitutoyo製、最小目盛0.01mm)を用いて計測した。
光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡による形態観察 光学顕微鏡下で、毛根から毛先までの色調と髄質の出現状態を観察し記録した。走査電子顕微鏡(S-3500N形、日立製作所)による微細構造の観察方法は近藤(1985)、佐藤(2000)および吉川ほか(2005)の方法に従った。すなわち、カミソリを用いて毛先から等間隔に横断もしくは縦断した被毛を、SEM用試料合(日新EM株式会社)上に導電性カーボン両面テープで接着し、イオンスパッター(E-1010形)を用いて蒸着後、観察に供した。
真菌類の着生実験 毛表面構造と緑藻類の着生との関連を理解するため、培養が容易な真菌類を代替としたHair-baiting法(Somerville and Marples,1968; Vanbreuseghem and Vroey,1980)による着生実験を行った。すなわち、滅菌ガラスシャーレ(外径×内径×高さ(mm):150×140×20)に野外から採取した土壌を入れ、その上に高圧滅菌した毛(フタユビナマケモノ属2種、対照動物2種:タテガミオオカミ・ニシローランドゴリラ)を等間隔で並べ、孵卵器(温度37.8℃、平均湿度62%)内で14日間培養した。その後、実体および走査型電子顕微鏡を用いて毛表面への真菌の着生状態を観察した。
毛の吸水と保水の実験 毛表面における緑藻類の生育条件の一つとして水分を選択し、吸水力と保水力について調べた。本実験では、新たにヒト(Home sapiens)の毛髪も対照検体として加えた。ナマケモノ属2種と対照動物2種およびヒトの計5種の毛各15本程度をデシケータ内で1時間充分に乾燥させ、電子天秤(最小目盛:0.001g)で重量を測定した。次に各毛試料を蒸留水で満たした遠心管に入れて一晩緩慢に撮拌し、充分に水分を含ませた後、同様に重量を計測した。
その後、毛を室温下で静置して、30分毎に120分後まで毛重量を計測し、保水量の経時的変化を調べた。吸水による重量増加とその後の減少割合については、浸水前の乾燥時を1として表した。

結果
毛の形態学的特徴
毛の形状および色調 背部から腰部の毛の形状は、両種共に毛根付近で波状を呈し、中部から毛先にかけて緩やかな曲線を描いていた。毛長は、フタユビナマケモノの平均±標準偏差が104.7±10.95mm(1=10)、ホフマンナマケモノが100.5±6.85mm(n=10)であった。また毛に光沢はなく、色調は白色もしくは茶褐色からこげ茶色を呈していた。特に光学顕微鏡による観察から、毛根部は色素が少なく、ほぼ透明を呈していた。中央部へ移行するに従い色素は多くなり、こげ茶色へと変化した。しかし、毛先へ向かうに従い再び少なくなり、茶褐色から褐色へと変化していた。フタユビナマケモノの腹部から採取された毛には、数箇所にこげ茶色の縞模様が認められた。
毛の表面および断面構造 毛の表面および断面構造は2種同様であった。毛根付近では溝が認められず、表面は円滑であった(図1-1、2)。毛先側に移行するに従い緩やかに毛表皮が窪み始め、浅い溝の形成が認められた(図1-3、4)。さらに毛先に向かうに従って溝は次第に深くなり、溝数も増加して中央部付近で最大となった(図1-5~7)。中央部から毛先にかけて徐々に溝数が減少した(図1-8~10)。横断面の形態でも同様に毛根付近で溝は認められず円形を呈し(図2-1、2)、毛先へと移行するにつれ溝が形成されていた(図2-3、4)。溝数も徐々に増加し、毛根の近位約1/3において毛周囲を完全に取り囲む突起部と溝とで構成された歯車状構造が認められた(図2-3~7)。溝数は中央部付近で最大となり(図2-8)、その数には9~13個(2種の各6検体中)の多様性が認められた。横断面の外観は、毛根から毛先へ向かうにつれ円形から楕円形へと徐々に扁平に変化していた(図2、1-1~10)。毛断面において中空状の髄質構造は認められなかったが、散在する空洞が観察された(図3)。
真菌類の着生実験 Hair-baiting法による培養開始6日後に淡白色の歯糸が毛表面に確認された。菌糸の生長に変化が認められなくなった2週間後に孵卵器から取り出し、顕微鏡下で観察を行った。光学顕微鏡下では、毛表面を取り巻く白色の糸状真菌を確認した。走査電子顕微鏡下でも、全ての検体において毛表面における関糸の生長が鮮明に確認されたが、とくにナマケモノの毛では溝間における菌糸の密な着生と生長が認められた(図4)。
毛の吸水と保水実験 毛の吸水および保水の時間的変動は図に示したとおりである(図5)。ナマケモノ属2種において、水中から取り上げた直後の毛重量は、乾燥時を1とした場合、それぞれ1.37および1.30倍の増加率を示した。一方、対照としたタテガミオオカミの毛では1.16倍、ニシローランドゴリラでは1.13倍、ヒトでは1.10倍の増加率であり、ナマケモノ料2種と対照種の吸水と保水の間には有意な差が認められた(P<0.001)。室温放置後、毛の重量は漸減し、全ての試料で120分後には乾燥時とほほ同値に復した。

図1 フタユビナマケモノ(Choloepus didactylus)の毛の操作電子顕微鏡(Bar=50μm)。図中に記し1から10までの数字は、毛根部から先端までの毛形態を順に示している。

図2 ホフマンナマケモノ(Choloepus hoffmanni)の毛横断面の操作電子顕微鏡(Bar=50μm)。図中に記した1から10までの数字は毛根部から先端までの毛形態を示している。

図3 フタユビナマケモノの毛横断面および散在する空洞(白矢印で示す)(Bar=20μm)。

図4 Hair-baiting法でフタユビナマケモノの毛表面に着床し成長した真菌の菌糸(Bar=10μm)。溝間にも菌糸の着生と成長が認められる(白矢印で示す)。

図5 4種の動物とヒトの毛を用いた水分の貯水および保水に関する実験結果。乾燥時を1として水漬した直後の重量増加を縦軸に示した。


考察
毛は形態学的に皮質、毛表皮および髄質の機造に大別される(井上、2003)。今回、フタユビナマケモノとホフマンナマケモノの毛について、これらの形態を肉眼、光学顕微鏡および走査型電子顕微鏡を用いて観察した。その結果、フタユビナマケモノ属2種の毛では、溝数が毛中央部付近で最大となり横断面における歯車状突起の最大数は9〜13個であることが明らかになった。突起部分は毛根付近から中央部にかけて徐々に出現していた。
毛形態は種差を表す一方、生息地や環境などの影響を受けると考えられており、温暖地域と寒冷地域に生息する動物間には髄質形態やその割合、下毛の量や密度等に差異が認められている(吉川ほか、2005)。寒冷地域に生息する動物の毛髄質には、種によって髄質構造が発達している。その役割としては保温機能が挙げられている(井上、2003)。本研究で観察されたフタユビナマケモノ属2種の髄質は、ホッキョクグマの髄質のような中空状ではなく(吉川ほか、2005)、小さな空包として散在していた。このことから、本2種については毛髄質の空洞化による体温保持機能はほとんどないと考えられた。おそらく、かれらが生息する熱帯雨林環境への形態的適応であろう。
ナマケモノ類の被毛は湿潤な熱帯環境に適応したものであると共に、緑藻類との共生にも適した毛形態であることは知られている(Gillmore et al., 2001)。Britton(1941)は、生後数週齢のナマケモノの毛に緑藻類が既に存在している一方で、加齢と共に失われる傾向があることから、熱帯雨林の中でのカモフラージュに役立っていると考えた。さらに毛に生えた緑藻類は栄養分や微量元素の供給源として役立っているという考えがあり、緑藻類を共生させ得ない飼育環境下でミユビナマケモノ類が長期生存できない理由として挙げられている(Aiello,1985)。このようにナマケモノ類が被毛に緑藻類を共生させていることやその意義に関する報告は複数あるが、緑藻類の生育と毛形態との関係に対する研究は知る限りない。本研究で示したHair-baiting法による真菌類の着生と生長は、緑藻類の生育環境としての毛形態を理解する上で役立つであろう。実験の結果、菌糸の生長はヒトを含む毛試料全てに認められたが、フタユビナマケモノ属2種の毛では溝間にも菌糸の密な生長が確認できたことから、歯車機造で表面積が広くなっていることが真菌の着生や生長に有効に機能していると推察された。これらの結果から、真菌類とは異なる生育過程をもつ生物ではあるが、緑藻類にとっても歯車状の毛形態は着生し易い構造であると考えられた。
本研究で確認されたフタユビナマケモノ属2種の毛に認められた高い吸水力と、その後の重量の減少からは、水分を少なくとも一時的に保持する特性があり、それらは溝構造という形態的特徴に起用していると考えられた。フタユビナマケモノ属の吸水に適した毛表面は、湿度を必要とする緑藻類の生育にとって好都合であると推察される。一方、保水力は対照動物と変らず、水分量の減少傾向が同様であったことから、歯車状の毛形態は水分保持のためだけに機能しているのではないと考えられた。ナマケモノ類の生息地は南アメリカの熱帯雨林であり雨季が1年の半分以上を占める湿潤な環境である。このような環境下で、毛表面の溝構造は保水のみならず排水機能も備えることで、緑藻類の着生に適した一定の水分量を保持しているとも考えられる。
本研究ではミユビナマケモノ属4種の毛を観察試料に加えることができなかったが、かれらもまた他の多くの動物毛には見られない特徴ある毛形態を持つことが知られている(Aiello, 1985:Nowak, 1999)。 Suutari et al.,(2010)は、分子生物学的手法を用いてナマケモノ類と緑藻類との共生関係について新知見を加えており、今後、ミユビナマケモノ属の毛に対する諸種の手法を用いた多面的解析が可能となれば、緑藻類とナマケモノ類との共生関係が明らかになると考える。

謝辞
本研究を進めるにあたり、試料を提供していただいた神戸市立王子動物園および東京都恩賜上野動物間の関係者の皆様に深く御礼申し上げます。

引用文献
Aiello, A. (1985): Sloth hair: unanswered questions. In The Evolution and Ecology of Armadillos, Sloths and Vermilinguas: 213-218. Montgomery, G. G. (ed), Smithsonian Institution Press, Washington and London.
Britton, S. W. (1941): Form and function in the sloth. Quart. Rev. Biol. 16: 13-34 and 190-207. (cited from Gilmore et al., 2000)
Chernova, O. F. (2000): Unusual Hair Structure in Sloth (Edentata: Bradypodidae ). Doklady Biol. Sci. 373: 400-404.
Gilmore, D. P., Da Costa, C. P. and Duarte, D. P. F. (2001):Sioth biology : an update on their physiological ecology, behavior and role as vectors of arthropods and arboviruses, Brazil. J.Med. Biol. Res. 34: 9 - 25.
井上哲男(2003):毛髪の話。184pp. 文藝春秋、東京。
近藤敬治(1985):毛の形態学的構造。皮革化学、27(1):1-12.
Nowak, R. M. (1999): Walker's Mammals of the World 6 th ed. Vol.1. 836pp. The Johns Hopkins University Press, Maryland, USA.
佐藤 元(2000):混入毛髪鑑別法。119pp. サイエンスフォーラム、東京。
Somerville, S. D. and Marples, M. J. (1968): The effects of soil enrichment on the isolation of keratinophilic fungi from soil samples. Med. Mycol. 6(1): 70-76.
Suutari M, Majaneva M, Fewer DP, Voirin B, Aiello A, Friedl T, Chiarello AG, Blomster J.(2010): Molecular evidence for a diverse green algal community growing in the hair of sloths and a specific association with Trichophilus welckeri (Chlorophyta, UIvophyceae).BMC Evol. Biol. 10: doi: 10.1186/1471-2148-10-86.
Vanbreuseghem. R. and Vroey. C. D. (1980): Dermatophytic Infection by Anixiopsis stercoraria in a Wild Boar (Sus scrofa). Mycoses 23(1): 183-187.
Wujek, D. E. and Cocuzza, J. M. (1986). Morphology of hair of two-and three-toed sloths (Edentata: Bradypodidae). Revista. Biol. Tropic. 34:213-246.
吉川温子、小宮輝之、小林和夫、今野誠一、平賀真紀、福井大祐、朝倉卓也、河西賢治、牧野 敬、宮下 実、金城輝雄、木村順平、村田浩一(2005):クマ科動物被毛に関する形態学的研究、動水誌 4(3):81-91.
〔2013年9月9日受付、2013年11月16日受理〕