オオサマペンギンの繁殖について

発行年・号

1966-08-0102

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(BREEDING OF A KING PENGUIN)

所 属

長崎水族館

執筆者

水江修治・本川富也・白井和夫

ページ

24〜27

本 文

広島市安佐動オオサマペンギンの繁殖について(1965.11.27受付)
長崎水族館 水江修治・本川富也・白井和夫

BREEDING OF A KING PENGUIN
Shuji Mizue,Tomiya Motokawa & Kazuo Shirai,Nagasaki Aquarium.

1.はじめに
1965年9月2日,当館の屋内ペンギン室で飼育中のオオサマペンギンAptenodytes pataeonicaが,産卵・ふ化に成功し、現在1羽のひな“ペギー”が順調に発育している。オオサマペンギンは、コウテイペンギンより,かなり北の南緯50~60度付近の島に棲息する関係上,スコットランドのエディンバラ動物園を始め,欧米の動物園では古くから繁殖例があり,たとえば1962年中の世界の動物園での繁殖例は4園9羽が知られている。しかし,我が国では未だその例がなく,最初の記録と思われるので,抱卵・ふ化1)より育すう初期にかけて,その大要を報告し,参考に供したいと思う。
なお,この報文を記するにあたり,貴重なペンギンを累年寄贈して下された大洋漁業株式会社,常に御指導をいただいた西村祥一前館長,および長崎市内藤原篤家畜医院長に対し感謝の意を表する。

Ⅱ.親鳥の略歴について

1962年4月26日,横須賀港に入港し,東京・福岡間は航空便、福岡・長崎間は陸上便にて運搬され、翌27日に入館収容されたものである。雌雄とも推定年令は不明であるが,同時に入館したひなの成育状況2)よりして,9月2日現在でふ化後満5年以上を経過せる成鳥であっ
た。

Ⅲ.飼育環境について

ペンギン室は本館1階の片隅に位置し,採光不良で,観覧にも見落されがちな場所にある。飼育室の広さは44㎡,容積84㎡であり,うちプール部は12㎡,水深0.8mである。5馬力冷凍機2台によって冷却された空気は,送風機により浄化用フイルターを経てダクト内を通り,飼育室へ送風され,排出された空気は,再び冷却装置へ戻す冷風循環方式を採用し,室温は常時14℃前後に保持した。プール水は少量を常時流水し,水温は10℃~21℃であった。室内の湿度は高くならぬよう留意したが80%~100%を示した。また室内滅菌用としては,ダクト内に殺菌灯を,室内に健康灯を常灯した。
1962年までは1年中,屋内ペンギン室でのみ飼育を実施したが,翌年1月よりは他館3)の例を参考として,当館では冬期間のみ屋外飼育に切替えた。屋外飼育場には,既設のアザラシ池が当てられたが,この池は観客側とは高さ1mの枠付金網で区切られた楕円形のコンクリート池で,面積は88㎡であり,池と陸地部との面積比は1:1であった。

Ⅳ.飼育概要について

1959年8月にペンギン飼育を始めて以来、現在までに6種30羽が収容され,一方へい死数は17羽に達した。しかし,1962年7月以降はへい死鳥もなく,引続き5種13羽が飼育されていたので,飼育は順調であったと考察される。なお,へい死鳥中13羽はアスペルギルス症によるものであり,またフンボルトペンギンは飼育していない。
このうち,オオサマペンギンは12羽が同時に入館し,うち4羽が短期間内にア症によりへい死をみて以来、残り8羽は順調に成育しいずれも主な病歴はなかった。餌はアジ鮮肉を1羽あたり日量1kgを給与した。また,保健剤として週1回,ミネラル配合綜合ビタミン剤1錠,グルクロン酸製剤2錠宛を投与した。冬期の屋外飼育は,日光浴による保健と生殖刺激の目的のため実施されたが,夜間の野犬対策上,これは開館時間の間のみに限定し,夜間はまた屋内ペンギン室へ戻した。ペンギンはそのため毎朝夕2回,片道100mの距離を歩行して往復した。屋外飼育期間は次の如く年々延長していった。
1963年1月8日~3月12日 (64日間)
64・1・1~3・29 (89 〃 )
65・1・1~4・4 (94 〃 )
ペンギンは毎年1回換羽するを通例とするが,今年の換羽は4月16日に始まり6月17日に完了した。今回のふ化に関与した親鳥のうち,雄はオオサマペンギン中で最初に換羽を完了し,換羽後しばらくは餌付良好であったが、産卵29日前より全く食欲不振となったため,強制給餌を行った。雌も産卵17日前より食欲不振のため,同様に強制給餌に切替えた。雌雄はこの期間中,脇腹を密接し,長い嘴で頭や首のまわりを撫で廻すなど,求愛行動が認められたが,交尾行動は観察されなかった。やがて産卵日の数日前より,同一場所で近接したまま,雌雄とも静止状態にあることが多くなった。

第1図 屋内ペンギン室平面図

Ⅴ.抱卵について

7月11日9時,抱卵中のオオサマペンギンを発見した。これは我が国で第5例である。コウテイペンギンの群生地での抱卵については4)最初は雌が抱卵し,産卵後,短時間の間に,雄が交替して抱卵することが知られているが,当館での発見時には,雄が抱卵中であり,産卵直後の状況は観察出来なかった。卵は1個であり,親鳥は卵を両脚の上にのせ,抱卵のうに卵を包みこんで抱卵していた。オオサマペンギンの産卵については,これまで次の4例が知られていた。

第1表 オオサマペンギンの産卵例

そのあと第6例として,7月24日に下関水族館で産卵したが8月8日に破損した。
産卵前,親鳥が静止した区域は,ペンギン室の出入口に近く,また,300W散光型リフレクターランプの照射方向に面した,直径約1mで画いた円周内に限られ,産卵もその場所で行われたと推定される。オオサマペンギンは営巣しないことが知られているが,この領分は生殖のためのなわばりの機能をもち,一種の無形的な巣とも考えられ,抱卵もその場所で行われ,更にふ化後のひなの抱すう場所ともなり,抱卵及び抱すう中の親鳥の行動範囲は境界内に限定された。(図参照1区)
雌は産卵当日は抱卵中の雄のそばに近接し,他のぺンギンが区域内へ接近すれば,雄と協力して排除し,区域内への他鳥の侵入を拒絶した。雌は翌日には既に他のぺンギンと行動を共にし,行動圏は区域外へも延びたが,他鳥による領分への侵入に対して,雌雄協力による防衛行動は,抱卵及び抱すう期間を通じて行われた。雌は食欲も急激に増進し,体力も必然的に回復したが,抱卵を開始した雄は引続き食欲不振のため,アジ鮮肉日量200gの強制給餌が続いた。
雄は次第に体重の減少が認められ心配されたが,抱卵開始より33日後の8月13日にいたり,雌と交代した。交代時の状況については観察出来なかった。当日は雄は暫く雌に隣接していたが,その日のうちに他のペンギンと行動を共にし,食欲も速かに回復した。一方,雌には強制給餌が続けられた。抱卵期間を通じ,卵を脚の前へ出したり,卵の大様を露出させることもなかった。8月30日より抱卵中の雌のそばへ雄が接近する機会が多くなり,交代で卵を突きつつ,卵を廻転させる所作が多くなった。雌による抱卵はふ化日までの20日間であり,結局ふ化までに53日間を要した。

Ⅵ.ふ化及び餌付けについて

9月2日7時,雌雄のオオサマペンギンを取囲んで,他の同種ペンギンが歓声をあげているのを発見した。雛は抱卵のう中より卵殻を嘴で取出中であったが,まもなく,かなり力強い声で,他のひなのようにピーピーと鳴く声を確認した。ひなは2時間後には嘴を出したり,頭
部を露出し始めた。ひなの頭部は灰黄色であるが,他部は灰黒色で全身うぶ毛に包まれていた。13時15分,即ち親の摂餌後2時間程して,抱すう中の雌は餌付を始めた。ひなが鳴いてえさねだりを始めると,反射的な刺激により,親鳥は自分の消化したアジ肉を口移しにひなに与えた。

Ⅶ.育すうについて
雌はふ化後2日間抱すうして雄と交代し,雄もまた2日間抱すうした。5~14日目は,雌雄により再三の交代制がとられたが,15日日以降は雌のみによった。ひなの成育状況は次の如し。
17日目(9月18日)抱卵のうより出て時に歩く。
22日目(9月23日)出歩くひなをコウテイペンギンが,抱卵のうへ誘い込む。
26日目(9月27日)育すうの阻害になるため,他の11羽を別室へ移動した。それまでは親鳥の抱卵担すう区域(Ⅰ区)がひなの居所でもあったが,ここでなわばりは解消し,その後ひなの居所は,新たに生じた(Ⅱ区)へと移動した。親鳥はその領分にいる事が多かったが、(Ⅰ区)に比べなわばり意識は薄く,時には行動圏は外へと延びた。
30日目(10月1日)単独行動を始めた。
41日目(10月12日)試みにアジ鮮肉を給餌すると採食した。
55日目(10月26日)自立により(Ⅱ区)は解消した。
60日目(10月31日)体重増加が横ばいとなったので、日量70gよりアジ鮮肉の給餌を始め,次第に増量した。
ひなへの給餌は,主に抱すう中の親鳥によって行われ,15日目以降はフンボルトペンギンの場合5)と同じく,雌のみによって育すうが行われた。ひなへの給餌中,雄も近接して懸命に餌をもどす努力をするが殆ど徒労に終った。親鳥がひなに行う口うつしの給餌について示せば次の如し。

第2表 親鳥の口うつし給餌

抱すう中の親鳥は,やはり食欲不振のため強制給餌が実施されたが,ひなの自立により雌雄とも,食欲は正常に復した。雌への給餌日量及びひなの体重推移について示せば次の如し。

第2図親鳥の給餌量とひなの体重推移

ひなの体重は25日目で1.15kg,80日目で7.20kgであった。また,主に育すうにあたった雌への給餌量は,2カ月までは漸次増加されたが,その後は親鳥が消化不良のため減量した。なお,親鳥のひなに対する給餌回数及び給餌総数は漸次減少したが(前数表を参照),給餌量は順調に増加したものか,育すう初期のひなは直線的な体重増加を示した。

☆ひなの肺炎症について
30日目(10月1日)ひなが発熱・呼吸促迫し,肺炎症の徴候が認められたので,6時間毎にテラマイシンの筋注を4日間連続実施したところ,10月6日に回復した。

Ⅷ.要約
室温14℃の屋内ペンギン室で,飼育中のオオサマベンギンが1965年7月11日産卵し,9月2日ふ化に成功し,その後,順調に成育をとげている。
(1) 親鳥は5才以上の成鳥で,同種8羽中のものであった。
(2) 冬期間のみ屋外飼育を行った。
(3) 雌雄とも,産卵半月~1月以前より食欲不振のため,強制給餌を行った。
(4) 抱卵は前半は雄により33日間,後半は雌により20日間を要し,抱卵期間は53日間であった。
(5) 抱卵中の親鳥は,食欲不振のため強制給餌を行った。
(6) 抱卵は一定の限られた領分(1区)で行われた。
(7) 抱すうは引続き雌によって2日間行われ,そのあと2日間は雄によった。その後は雌雄交代制により,更に15日目以降は雌のみによった。
(8) 抱すうも抱卵と同じく(Ⅰ区)で行われた。26日目,他鳥の別室移動により,(Ⅰ区)は解消し,新たに(Ⅱ区)が生じ,ひなの居所ともなった。
(9) これら領分は生殖のためのなわばりの機能を持ち,この領分への他鳥の侵入に対しては,雌雄協力による防衛行動がとられた。
(10) 抱すう中の親鳥へも,強制給餌が行われた。
(11) ひなは17日目に出歩き始め,30日目に単独行動を始め,55日目よりは自立したため行動圏は拡大し,(Ⅱ区)が解消した。
(12) ひなの体重は,25日目で1.15kg,80日目で7.20kgとなり,育すう初期のひなは,直線的な体重増加を示した。
(13) 60日目頃より,ひなの体重増加が横ばいとなったので,ひなに対しアジ鮮肉の給餌を始めた。
(14) 抱卵及び担すうを通じ,完全な一夫一婦制が認められた。

Ⅸ.参考文献

(1) 白井和夫(1965):オオサマペンギンのふ化について 動水協西日本地区飼育技術者講習会にて発表
(2) 水江修治(1963)長崎水族館におけるペンギンの・飼育について 動水誌Vol.Ⅴ,No.2.
(3) 小森厚(1964):動物を飼育する 動物の世界5 紀伊国屋書店
(4) 加納一郎(1959):極地の探検・南極 時事通信社
(5) 渋谷・中川(1965):フンボルトペンギンどうぶつと動物園Vol.17,No.8.

オオサマペンギンひなの飼育状況

写真1.抱卵中のペンギン(抱卵交替した8月13日)

写真2.口うつしに摂餌するよな(ふ化後20日目)

写真3.26日目のひな

写真4.73日目のひな(左)