アシカについて
発行年・号
1966-08-0102
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(THE GENERAL INVESTIGATION OF CAPTIVE SEA-LIONS IN JAPAN)
所 属
上野動物園
執筆者
ページ
48〜60
本 文
広島市安佐動アシカについて(1965.11.27受付)
上野動物園
THE GENERAL INVESTIGATION OF CAPTIVE SEA-LIONS IN JAPAN
Ueno Zoloogical Gardens
まえがき
昭和38年11月,福岡市動物園に於て開催された第11回日動水獣医並びに飼育技術者研究会に於て,昭和39年。40年の2年間にわたり,“アシカについて”の全般的な調査を行うことが決定され,上野動物園がこれを担当することとなった。上野動物園動物病院では,関東々北ブロック各園館の協力を得て,早速調査活動に入り,具体的には次の計画に従って実施した。即ち調査対象期間を昭和34年4月1日から39年3月31日に至る5年間に限定し,第1次から第4次に調査項目を分けて段階的に行ったのである。
第1次調査 基本調査(飼育数,死亡数など)。
第2次調査 飼育環境施設等について。
第3次調査 疾病,死亡等について。
第4次調査 飼育,繁殖,調教について。
尚,これと併せて海外の知名の動物園28園についても概括的な調査を実施した。
調査結果は,上野動物園衛生第二係(動物病院)の係員4名(中川志郎,増井光子,祖谷勝紀,田辺興記)がぞれぞれ分担,集計処理にあたった。
内容
Ⅰ.アシカはどの位飼われているか
1.飼育園館比2.飼育頭数及性比3.地域別飼育状況4.他の鰭脚類との比較5.年令構成
Ⅱ.どんな環境で飼われているか
1.アシカ舎のなりたち2.アシカ舎の大きさ(面積,水量)3.アシカ舎の形4.水質5.換水と清掃
Ⅲ.何をどの位与えているか(餌)
1.餌の種類2.給餌方法3.給餌量
Ⅳ.飼育下での繁殖はどうなっているか
1.交尾と出産2.哺育と離乳3.親の年令
Ⅴ.疾病関係はどうなっているか
1.罹病頻度2.水質と眼疾患,皮ふ疾患との関係3.アシカ舎の大きさと罹病率4.病類別発生頻度5.治癒率
Ⅵ.死亡関係はどうなっているか
1.死亡率2.死亡動物の性別比3.季節と死亡との関係4.死亡アシカの年令と飼育期間5.原因別死亡率6.胃内の異物,
Ⅶ.調教はいかに行われているか。
1.調教実施率2.調教頭数及年令別構成
Ⅷ.調査票の回収率はどうだったか
1.回収率(第1次~第4次及海外)
Ⅸ.まとめ
Ⅰ.アシカはどの位飼われているか
1.飼育園館比(第1図)
日動水加盟の動物園,水族館について,アシカ飼育の有無を調査した所,第1図のようになった。即ち全体の6割以上の園館が飼育しており,その保有率は極めて高い。大型の肉食獣で比のような高い率で飼われているものは,動物園の看板的存在であるライオン,トラ,クマなど数種にすぎない。これはアシカが,その活動的な動き,愛嬌ある動作等によって極めて高い鑑賞価値を有し,その上数少ない調教可能な動物であるためと考えられる。
2.飼育頭数及性別比(第2図)
飼育総数(昭和39.3.31現在)は,142頭で,大型肉食獣としては最も多い部類に属する。此れは飼育が単なる鑑賞動物としてだけでなくステージ用動物としてもダブって飼育されているためと考えられる。
性別比は,不明のものが若干(7.1%)あるために確実ではないが,オス,メスは略々同率で飼育されているものと考えられる。
3.地域別飼育状況(第1表)・
飼育頭数の地域別の分布を見ると,一般的に見て北に少く南に多い傾向がある。即ち飼育総数の8割以上が中部以南の園館に飼育されているのである。此れは,比の地区に比較的規模の大きい園館が集中的に存在するためと考えられる。
4.他の鰭脚類の数との比較(第3図)
全鰭脚類の飼育総数は207頭にのぼるが,その中ではアシカの占める割合が圧倒的に多い(68.6%)。これはアシカが他の鰭脚類に比して入手が容易であり且飼育も困難性が少いためと考えられる。オットセイが少いのは,法的な規制があるため当然であるが,アザラシはその飼育条件の困難性,トドは捕獲の困難性の故と思われる。
5.年令構成(第4図)
総数142頭のうち,年令不詳のものが66頭(46%)あるため正確な構成を明かにすることは難しいが,判明しているものについての分布は第5図の如くである。これによると幼令と老令が少く中ふくらみのツボ型をなしているが,幼令のものは購入が少く,飼育下での出産が少いことの当然の結果であり,老令のものは飼育下での生存率の問題と密接に結びついている。3~5才のものが圧倒的に多くなっているのは殆んどの購入時年令が2~4才となっているためであるが,これは調教の問題などとも関連性があるようである。
第1図 アシカ餌育状況(園館比)
第2図 アシカの餌育頭数
第3図 海獣種類比
第4図 年令構成
第1表 地域別飼育状況
Ⅱ.どんな環境で飼われているか
1.アシカ舎のなり立ち
アシカ舎は例外なくブールと陸地の2構成要素から成っているが,陸地に特に寝室又は産室を設備している所も若干作ら見られた(22.9%)。材質としてはブール,陸地共にコンクリート製であるが例外的に自然岩を利用している所,土面の所などがあり又,プールのコンクリート面にビニール塗料を塗布している例が僅かながら報告されている(2例)。
第5図 アシカ舎全面積㎡
第6図 満水時水量についてt(45園館)
立地条件としては平坦地に作られているものが殆んどで(86%),小数例に於て傾斜地利用のものも見られたが,このことによる特別の意味は認められなかった。父敷地内の樹木の有無についても調べて見たが,“有る”と答えたものは僅かに10%で,これもその存在が特別な意味をもっているとは考えられなかった。
2.アシカ舎の大きさ
1)面積(第5図)
全面積(陸地+プール)について調べて見ると,その多くが150㎡以内(67.3%)の面積内に飼育されており,平均は142.3㎡である。
個体当りの面積では100㎡以下が圧倒的に多く(79.5%)平均は67.5㎡となっている。このことからするとアシカ舎は150㎡程度の大きさのものに2~3頭を飼っているのが普通のように思われる。プール水面と陸地面積の比は,5:1で一般にプール面積が陸地よりもはるかに大きくなっている。
2)水量(第6図)
満水時の水量について調べて見ると、例外的なものを除いて殆んどが200トン以下(68.6%),特に100トン以下に多数が集中しており(62.2%),平均は138.2トンである。1個体当りの水量を見ると,その大部分が100トン以下,特に30~50トンが多く,総平均は58.5トンである。このことから100トン前後の水量の中に2頭程度のアシカを飼育しているというのが普通のようである。
3)アシカ舎の形(第7図)
全体の形は極めて変化に富んでおり,これに応じてプールの形にも種々なものがあるが,中で圧倒的に多いのは楕円形である。此の形が多く選ばれるのは,デッドコーナーがなく充分面積が利用出来ること,掃除が便利である事,動物が運動し易いことなどが考えられる。
4.水質(第8図)
海水飼育の園館と淡水飼育のものを分けて見ると,その大部は淡水を利用しており(73.5%),これは特に動物園の立地条件から伝って当然と考えられるが,海水飼育の園館も調査前の予想よりもかなり上まわった(24.5%)。
これは水族館関係園館がかなり高度に海水を利用しているためである。因みに動物園関係の海水による飼育例は僅かに2.9%にすぎないが,水族館の場合は実に73.3%に達する。
海外の著明な動物園園について水質調査をした所でも殆んどが淡水で海水のみのプールを利用している所は全く見られなかった。
5.換水,清掃(第9図)。
アシカプールの換水,清掃の状況をしらべて見たのが第9図であるが,地域により多少の差が認められる。オーバーフローの程度は西に行くに従って多くなる傾向があるが,此れは気温が高いことから水質汚濁の速度が早いためと考えられる。換水は3日又は7日が最も多いが平均では12.2日となった。水温との関係等も調査項目には入っていたが,水温の測定基準や測定方法が不統一であったため,有意の結果は得られなかった。
Ⅲ.何をどの位与えているか(餌)
1.餌の種類(第10図)
アシカの餌用として使用される魚の種類はアジ,イカ,サバ,イワシ,ホッケなど19種に及ぶが,圧倒的に多いのはアジ(90.0%以上)で,我国に於ける餌用魚類の主柱をなしている。これはアジが値段に於ても手頃であり,質もかなり上質のものの入手が可能で,その上年間を通じて確保出来るためと考えられる。アジ以外に比較的よく用いられるものは,サバ,サンマ,イカ,イワシ等で,魚類以外の餌(鯨肉など)を用いている所は皆無であった。
2)給餌方法(第11図)
餌の与え方は,一定時刻に飼育係がプール等に投餌するのが普通のようであるが,調教中のものは,訓練の度毎に少しづつ与えているものが多かった。又,かなり多数の園館で客による売り餌給餌を併用しており,その割合は第11図の如くである。給餌回数は調教用の不定期のものを除くと多くが1日2回となっており次に1回のものがこれに次いでいる。全体的に平均すると2.2回という数字が出るが午前と午後に1回づつというのが普通と考えられる。
第8図 水質について
第7図 アシカ舎の形
3)給餌量(第12図)
どの位の量を与えているかの調査では,その体重を4段階に分け(30kg以下,30~60kg,60~100kg,100kg以上),それぞれの給餌量をしらべて見た。全体的に見ると給餌量は体重の増加と共に漸増しており,その増加率も略々正比例に近く,給与実量は大略体重の1/10である。但し,例外的には100kg以上のアシカに給餌量が2kgというのも見られた。冬期夏期の給餌量を比較して見ると冬期の方がやや多くなっている(20%)が,意識的に冬期増量している園館は意外に少いようである。
第9図 ブロック別オーバー・フローと換水日
第12図 1日の体重別給餌量
第10図 最も主となる餌について
第11図 給餌方法
第13図 出産時期と交尾時期の関係
Ⅳ.飼育下での繁殖はどうなっているか・
1.交尾と出産(第13図)
調査期間中に確認された出産は総数24例であるが,そのうち交尾しているのを直接見ているのは僅かに3例(12.5%)にすぎない。これは交尾が多くの場合,夜間に行われるのを意味するように思われるが,最近の上野動物園の例によると昼間水中での交尾が認められており,又交尾にはかなり長い時間を要するようである。交尾の時期は6月中旬から7月上旬の短い期間の間に集中的に行われており,5月6月に集中的に起る出産との関係からすると,交尾は出産があってから1~4週間のうちにすべて終了すると考えられる。交尾の姿勢については明かな回答はなかったが,成書によれば,陸上に於て雄が後方より他の哺乳動物と同じような姿勢で行うとされているが,前述せる如く上野動物園に於て水中に於ける交尾も確認されている。比の際の姿勢はどちらかというと腹位で立ち泳ぎのような姿勢であった。交尾時間はオットセイなどで15分位とされているが,上野の水中例ではかなりながい時間(1時間以上)を要した。
妊娠期間は交尾と出産の関連から推測すると315~364日で平均は342.9日,約11ヶ月強ということになる。
出産は比較的軽産で難産の例は見られていない。産仔は全例1産1仔である。後産を採食するかどうかについても調べて見たが,結果は略々半々で,特にこのことにより産後の状態が左右されることはなさそうである。
生産仔の性比は,不明のものがあるので,はっきりしないがメスが丁度50%であるので1:1か又はメスの方がやや多いという程度と思われる〔メス12(10%),オス7(29.2%),不明5(20%)〕。
2.哺乳離乳
出産直後から仔はかなり活動的で,親の腹部にある乳頭から吸乳するが,哺乳時間は調査数の80%以上が夜間に行うとなっており,多くが夜間に哺乳することを示している。1日中に確認された哺乳回数は個体によりかなりの差があるが,その多くは3~5回1回の哺乳所要時間は5~6分間が多いようである。此の哺乳回数は他の哺乳動物と比較してかなり少いようであるが,これは海獣の乳汁が極めて濃厚なことと関連があると考えられる。
離乳は,自然の状態に於ては生後4~6ヶ月の間に行われるとされているが,飼育下の例ではかなりのばらつき(6~13ヶ月,平均9ヶ月)があり且おそい。これは,飼育下に於ては親仔が限られた広さの中に一諸に身近におり,廻游などの条件がないためと思われる。
餌は生後5ヶ月目頃よりもてあそび初めるようであるが,平均して9ヶ月前後から本格的になるようである。離乳食として,特別に細かくきざんだ魚や小魚を与えている例もあるが,多くは特別の処置をしないで離乳しているようである。
仔は出産直後に,すでに歩行能力,游泳能力共にあるようであるが,初めて水に入った時期を調べて見ると,大分まちまちである(0日~16日)。しかし,概して1週間前後が多く,稀に出産当日という例もあるが,これは誤ってプールに落ちたものと考えられる。但し,比の例でも子はよく泳いでいる。
3.親の年令(第14図)
今回の調査から親の年令構成を探って見ると第15図のようになる。一般にアシカの繁殖可能年数は4才と云われているが,飼育下に於ける此の調査でも,メスは4才,オスは5才(調査期間外であるが,横浜市野毛山動物園に於てオス4才で繁殖の例がある)で,略々同様である。繁殖可能年令の上限は,今回の調査ではメス11才,オス15才となっているが,実際には,もっと年令が進んでも繁殖は可能ではないかと考えられる。しかし,やはり繁殖が比較的多く行われるのは,メス,オス共に7才前後のようで,全繁殖例の30%近くが集中している。平均をとって見ると,オス9.6才,メス7.5才でオスの方が大分高い。
繁殖の頻度は,個体によってかなりの差のあることは免ないが,今回の調査例の中にも毎年連続的に出産しているものがあり,一般に自然状態では毎年つづけて出産するということと一致している。
第14図 親の年令構成
Ⅴ.病気とその対策はどうなっているか
1.罹病頻度(第15図)
アシカ1頭が年間を通じてどの位病気にかかるかを調ベて見ると,罹病するというのが70%近くに及んでおり,これは飼育下に於ける大型肉食獣としては,かなり高率と考えられれる。特に年間3~4回以上も病気を経験するものが20%強を示していることは,此の動物が予想以上に病気にかかり易いと考えることが出来る。罹病頻度を水質によって分けて考えて見ると,海水飼育の場合では,すべて年間1~2回以下に含まれるが,淡水飼育例では3~5回以上の罹病を示すものが21%を越しており,淡水の方が病気にかかり易い傾向を示している。
第15図 り病類度
2.水質と眼疾患,皮ふ疾患の関係(第16図)
一般的な罹病頻度に於て上述せる如く,水質によるかなりの差が認められるので,特に水質と直接的な関係を有すると思われる眼疾患及皮ふ疾患を選び,その相関々係をしらべて見た。両疾患共,海水飼育例に比して淡水飼育例の罹病率が高くなっているが,特に眼疾患に於てはかなりの差が認められる。唯,海水飼育例が全体として少いので早急な結論はさし控えるが,此の結果からは,眼の病気は水質とかなり関係が深そうである。
5.アシカ舎の大きさと罹病率(第2表)
アシカ舎の大きさと罹病率の間に,どのような関係があるかを調べて見たのが第2表であるが,此の表からは面積や水量が少い方が病気にかかる率がひくく,大きい方が高いように見える。これは予想とはかなりちがった結果であるが,此の数値はアシカの現在数による大きさであるから,調査期間である5年間の時間的経過が考慮されておらず,此の数値がそのまま結果を示すとは考えられない。
第16図 プールの水質とり病頻度
第2表アシカ舎の大きさとり病殊度・死亡率
唯,此の罹病率と死亡率を比較検討して見ると,興味ある事実に気がつく。即ち面積,水量共,罹病率の高い位置では,死亡率が逆に低くなっているのである(面積51~100㎡,水量11~50tの場合など)。此のことは,此の程度の面積,水量の場合,病気にはかかり易いが,比較的よく治るということか,又は,飼育管理に適当な・サイズなので観察が充分に行きとどき従って病気の発見率は多くなるが,早期手当も出来るので死亡率が減少するということを意味しているとも考えられる。
4.病類別発生頻度(第17図)
どのような病気がアシカには多いかを調べて見たのが第17図であるが,圧倒的に眼の疾患と消化器の病気が多い。眼の疾患の多くは角膜炎であって70%以上の園館が経験していることになる。海外動物園に於ける海獣飼育上のトラブルは何かの調査でも眼の疾患と答えているものが圧倒的に多く,此の悩みは万国共通のものらしい。消化器系の疾患としては,胃炎,胃潰瘍,腸炎,異物嚥下などが主なもので,特に異物嚥下は屢々致死的な経過をとるようである。中毒も比較的多数報告されているが,これは本獣が何でも容易にのみ込んでしまう性質と関係があるかも知れない。
第17図
5.治癒率(第18図)
病気にかかったものが,どの程度治っているかを調べて見ると,約半数の園館が80%以上の治癒率を報告している。しかし,その反面,50%以下と答えているものが20%近くもあることは,本獣が病気にかかった場合は,かなり致命的な面をもっていることを示している。全般的に見た場合,此の治癒率は大型肉食獣としては,やや低いと考えてよさそうである。
第18図 治ゆ率の比較
Ⅵ.死亡関係はどうなっているか
1.死亡率について(第19図)
調査期間中に死亡したアシカの総頭数は,106頭で,該期間中の飼育総頭数頭の42.7%に及ぶ。此の死亡率は大型肉食獣としてはかなり高率で,ライオン,クマ,トラなどにくらべればはるかに高い。しかし,他の鰭脚類全体をまとめて考えると,アシカの死亡率はその平均死亡率(51.3%)以下で,アザラシ,オットセイなどと比べればかなり低い。しかし,此れはアザラシやオットセイの死亡率が異常に高いと考えるべきで,一般的に伝えばアシカの死亡率は依然として高率であることは事実である。此れは,今後海獣全体の問題として検討を加える必要のある点と思われる。
第19図 海獣死亡率
2.死亡動物の性別比(第20及20'図)
調査期間中に死亡したアシカの性別比を見ると,メスとオスその間に著しい差がある。即ちメスの35.8%に対し,オスは実に61.3%に及ぶのである。飼育下におけるアシカの性別比が,メス,オスおよそ半々かむしろメスの方が幾分多い(メス50%,オス42.9%,不明7.1%)ともいえる状態の中で,このような差があることは,実に特異的な現象ということが出来る。
オスは飼育がむずかしいのか,病気にかかり易いのか,他に特別な理由があるのか,此の調査のみからでは判断し難いが,此の傾向はひとり成獣にとどまらず,飼育下で繁殖した幼獣に於ても認められる。即ち調査期間中に出産し,1年以内に死亡した幼獣の性比を調べて見ると,でオスの方が圧倒的に多い。此のように,第2次性比ではメス,オスの間に殆んど差がなく第3次性比で著しいオスの一方的減小を招来していることは,此れ等の動物がハレムを形成することも何等かの相互関係を示しているのかも知れない。
第20図 死亡頭数と性別比
第20'図 生後1年以内の子の死亡率
第21図 季節・月別の死亡数
第22図 死亡アシカの年令と飼育期間
3.季節と死亡の関係(第21図)
アシカは1年のうちで何月頃に最も多く死亡しているであろうか,月毎の死亡数を調べて見たのが第21図で,かなり顕著な特徴が認められる。即ち,年間を通じ,11月から翌年の2月にかけての冬期に最も多く死亡している(44%)ことが分る。此のことから考えると,アシカは冬期に弱いという結論になるが,唯此処で注目しなければならないことは,此の季節的な死亡率の変化が主にオスによって影響され,メスでは此の変化が殆んど見られないという点である。とすれば,オスが特異的に冬に弱いということになるが,これは今後充分な検討が望まれる所である。
4.死亡アシカの年令と飼育期間(第22図)
先づ年令について見ると,死亡アシカの平均年令は6.7才で調査前の予想よりもはるかに若令であるが,これは飼育期間2年以下で死亡したものが40%以上を占めることを考え合わせると或る程度首肯し得る。即ち4~6才で動物商からあるいは他の動物園などから入園館したアシカが,その後1~2年の経過で死亡するケースがかなり多いということと思われる。此の点は今後のアシカ飼育に関して,1つのポイントを示唆していると考えられる。
5.死亡アシカの原因別死亡率(第23図)
死亡の原因について調べて見ると,圧倒的に多いのが消化器系の病気で全体の42.7%を占める。これに次いで多いのが呼吸器系の病気で22.7%を示す。此のほかには外傷,寄生虫,事故などとなっているが,アシカの多くは胃潰瘍,腸炎,肺炎などの病気によって死亡していることが分る。
6.胃内の異物について
アシカと胃内異物の関係は,しばしばとりあげられ,世界的に問題になっているが,今回の調査でも死亡したもののうち18例が異物を報告している。内容は,石,金属片,チューインガム,硬貨など種々雑多であるが,最も多いのは石で16例にも多び,直接の死因と考えられるもの見られている。次にその主なものを上げる。
(表)
第23図 原因別の死亡率
Ⅶ.調教はいかに行なわれているか。
1.調教実施率(第24図)
アシカを飼っている園館のうちで,どの程度調教を行なっている所があるものかを調べて見たのが第24図で,略々3割が実施しているようである。動物園と水族館を比較して見ると,動物園の方がやや高率であるが,いずれにしても,3割に及ぶ園館が実施していることは,アシカがチンパンジーと並んで,動物園ステージショウの主力であることには間違いなさそうである。
2.調教頭数及年令別構成(第25図)
調教されているアシカの総数は21頭で,飼育全頭数の14%を占める。その性別比を見ると略々メスオス同率で,特にどちらかにかたよっている傾向はない。このことは,此の動物の調教が性別によって特に難易がないことを示していることも考えられる。
年令別に区分して見ると4才という所が圧倒的に多く全体の40%に近い。その他は4才を軸として,漸減するが,1才という例は自家繁殖のものを親から離して調教している例である。高年令では13才というものが報告されている。
Ⅷ.調査票の回収率はどうだったか(第26図)
調査は,1次から第4次まで4回に分け,或る程度の間隔を置いて行ったが,2次3次は内容が複雑だったためか回収率は他よりも幾分低率であった。しかし,全体としては80%以上の回収率を得ることが出来た。海外の動物園にも調査を依頼したが園のうち約半数が回収された。
Ⅸ.まとめ
日動水協傘下の動物園水族館を対象として“飼育下のアシカ”について,その実態を調査した。調査内容は飼育頭数,施設,死亡関係,繁殖関係,調教等について行ない,調査対象期間は昭和34年4月1日から39年3月31日にわたる5年間である調査結果について要約すれば次の如くである。
1.アシカを飼育している園館は,対象園館総数の6割以上に及ぶ。
2.アシカ舎は概ね陸地とプールから成立し,その長さは平均1頭当り67.5㎡,水量は58.5トンである。
3.水質は全体の7割以上が淡水で,海水は僅かに3割にも充たないが,水族館だけに限って見ると逆にその7割が海水飼育となっており,水族館では海水,動物園では淡水飼育が多いことが分る。
4.餌としては,アジが圧倒的に多く,全体の9割を占める。餌の給与量は,その体重によって異るが大凡体重の1/10量が標準的なもののようである。
5,交尾は6月中旬から7月上旬の短い間に集中的に行なわれ,出産はこれと対応して,5~6月にその殆んどがなされている。妊娠期間は314日から364日平均335.6日である。
6,哺乳は夜間に行なわれる例が多いが,昼間も見られ,吸乳している時間は凡そ5~6分である。
7,離乳の時期はかなりばらばら(6~13ヶ月)であるが,平均9ヶ月で,自然状態でなされるよりもかなりおそいようである。
調教アシカの性別比
第24図 調教実施の有無
第25図 調教頭数及び年令性別構成
第26図 アシカ調査回収率
8.生殖年令は最低メス4才,オス5才,最高はオス15才,メス11才で,此の調査から見た生殖可能年令は4才から15才の間である。
9.水質と眼疾患,皮ふ疾患の関係を調べて見ると,両者共淡水飼育のものの方が高率で,特に眼疾患に於て此の傾向が著しい。
10.飼育面積,水量と罹病頻度の関係を調べて見ると,面積が広く,水量が多い方がむしろ高率になっており,意外な感じをうけるが,死亡率をつき合わせて見ると,罹病率の高い所では死亡率は逆に低くなっており,罹病率の高いことが必ずしも悪いとは云えないようである。
11.病気の種類では,圧倒的に消化器疾患と眼疾患が多くなっているが,特に後者は,7割以上の固館がこれを経験したと報告している。
12.調査対象期間中の死亡率は42.7%で,極めて高率であり,しかも死亡動物の性別を見るとオスが圧倒的に多く,全体の6割以上を占めている。
13.死亡の季節的変化を調べて見ると,11月~2月にかけての冬期に死亡するものが大半を占め,アシカは冬期に弱いという結果が出ているが,これの内容を見ると此の季節的変化をしているものの殆んどはオスで,メスでは殆んど季節的な影響をうけていない。
14.死亡原因は,消化器系,呼吸器系の病気によるものが全死亡数の65%を占めている。
15.アシカを飼育している園館のうち,その3割が何等かの調教を行なっており,アシカは貴重なステージ用動物であることを示す。
稿を終るにあたり,本調査に御協力を賜った日動水傘下の動物園水族館及海外の動物園の担当者に深謝します。
SUMMARY
The general investigation of captive Sea-lions (Zalophus californianus) in past five years (1959–1964) in Japan were performed by J.A.Z.A. in 1964–1965. From this investigation, many interesting data were obtained, and introduced in this paper.
Followings are of the data obtained.
1. The number of sea-lions kept in zoo and aquariums associated with J.A.Z.A.was 142 head in total at present (1964.3.31) and sixty percent of the members of J.A.Z.A.have one or more of this animal.
2. The using water for their pool was almost fresh water, only several aquariums situated by sea side used natural sea water. The animals kept in sea water pool might have been less trouble with skin and eye diseases than the animal in fresh water.
3. The matings were made in such short period as the middle of June to early July,and in next spring
(May-June), youngsters were born.21 offsprings were recorded during this investigation period. Their gestaion period were estimated 315 to 364 days,342.9 days in average.
4.The mortality of this animal in this investigation period was relatively high - 42 percent, and it was interesting fact that more than sixty percent of dead animal was male, in spite of the sex ratio of keeping sea- lions is about epual. It was difficult to say whether male is easier to catch illness than female or male is more difficult to keep than female. Further studies into this point are necessary. Their mortality apparently shows the seasonal change,i.e.the highst mortality of seasons was shown in winter (November,February). Lung and stomach disorders causes a large part of their death.