脱柵時における動物の行動とその捕獲についてのいくつかの考察
発行年・号
1967-09-03
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(STUDIES ON ANIMAL BEHABIOURS ON THE ESCAPE FROM ENCLOSURE AND BEING CAPTURED)
所 属
多摩動物公園
執筆者
浅野三義・浅倉繁春・小森厚
ページ
77〜82
本 文
広島市安佐動脱柵時における動物の行動とその捕獲についてのいくつかの考察(1967.9.25.受付)
多摩動物公園 浅野三義・浅倉繁春・小森厚
STUDIES ON ANIMAL BEHABIOURS ON THE ESCAPE FROM ENCLOSURE AND BEING CAPTURED
Mitsuyoshi Asano, Shigeharu Asakura & Atsushi Komori,
Tama Zoological Park
はじめに
多摩動物公園は,東京都下南多摩郡の多摩丘陵地帯の一角に設置され,山林と道路と,その中に点在する動物舎によって構成され,都会地動物園とはその様相を異にしている。従って,動物説出時においても,その追跡,捕獲の作業は,都会地動物園とはかなり異っている。そこで,著者らは,昭和39年頃より3年間におこった動物脱柵の幾例かの検討を行なってきたところ,いくつかの教訓を得たので,これをあえて発表することとした。各園館における非常時対策などについて参考となれば,幸甚とするところである。
検討材料としての実例について
今回,検討の材料としてとりあげた動物脱柵の実例は,次表のとおりであり,その各々について,概況を記述したい。
Ⅰ.シマハイエナ♂の脱柵
(1)脱柵動物の安要と,脱出の原因
このシマハイエナは,昭和33年5月,幼獣で購入され,人工哺育によって育てられたため人によく馴れていた。収容されていたのは,下部コンクリート,上部金網の,高さ2mほどの柵で囲まれた放養場で,1隅に寝室があったが,平常は使用せず,昼夜とも放飼状態であった。
このためハイエナは,地面にねぐら用の穴をところどころ堀っていた。そのうち1つが柵ぎわに掘られ,柵の土台の下をくぐって延長していたが,その天井の土砂が雨によってゆるんで落ち,穴は,柵外へ通じるトンネルとなり,そこから,シマハイエナの♂が外へ出た(第1図)。♀も同じ場所に収容されていたが,これは,外へ出なかった。
(2)捕獲までの経過
昭和39年12月21日夜8時35分頃,授業をおえて退庁しようとしたとき,職員専用出入口附近に動物の形を発見し,これがハイエナ♂であることを確認し,ただちに園内居住の飼育課第二衛生係長に通報,非常招集を行うとともに,まず,外柵より園外へ,の脱出をふせぐため,園内・各門へ飼育職員を順次配置した。また,このハイエナ♂が担当者によくなれているところから,その担当者に緊急登庁するよう連絡した。この時,招集した人以は,宿直4名(飼育2,その他2),飼育夜警2名,飼育園内居住者2名,飼育残業者4名,緊急招集人員11名(飼育8,その他3),合計23名(飼18.その他5)であった。
第1図 シマハイエナが脱出した穴の状況
第2図シマハイエナの脱出
(昭和39年12:21日)
午后8時55分,担当者K君の到着により捕獲作業を開始したが,該動物がなれているところから,担当者がその呼び名(ミノル)を連呼しながら園内をあるき,声に近ずいてきたハイエナとともに園内を歩きまわった上,機をみて頸になわをつけ,なだめつつ,引きまわして,もとの動物舎に収容をした(第2図)。
この際にとおったハイエナの足跡は,園内の道路にかぎられていたことは,該獣が馴致されていた結果であり,このことが,捕獲上,きわめて役立っている。最初の発見も,該獣が,事務所附近で残業者のいるところへ近づいてきたために,早期になされたが,これが,割れていない動物であった場合を推察することは,寒心の至りである。
Ⅱ.ビントロングの♂脱柵
(1)脱樹に至までの経過
このビントロングは,昭和33年4月,幼獣で輸入され,以後,小獣舎に収容されていた。この小獣舎は,前面が空濠,後面が高さ2m強の擁壁で囲まれているだけの無柵式動物舎で,脱柵当時,すでに成獣となっていたビントロングには脱出可能なものであったが,幼時より飼育されていたために,擁壁は心理的柵としての機能をもち,脱柵の前例はなかった。また,夜行獣であるところから,昼間展示時は眠り,夜間は寝室に収容されていたことも,本獣に脱柵の余地を与えていなかった。
ところが,昭和39年12月,飼育係員の担当替が行なわれ,その結果,新らしく担当者となった者が,本獣が,これまで繁殖していないところから,その繁殖をはかる一助として,40年1月18日より,夜間も出入を自由にし,さらに同2月7日に放飼場内に藁ぶき高床式の小屋をたてたところ,翌2月8日に第1回目の脱柵がおこった。このときは,園裏門より北側斜面をおりたところにある農家裏山の木の上に,同家で飼育されていた猟犬によって追いあげられている旨が早朝連絡があり,捕獲収容が容易に行なわれた。
この場合,脱柵の原因が藁小屋であると判断し,小屋の撤去を行い,前記の夜間出入り自由はそのままにしておいたところ,1週間後の2月15日2に回目の脱柵を見るに至った。このことにより,脱柵の原因は飼育方法の変更により環境の変化を生ぜしめ,擁壁のもつ心理的柵としての機能を消失せしめた技術上のミスによるものと考えられる。
(2)捕獲までの経過
昭和40年2月15日午後4時頃,動物舎に該獣が見当らない旨,報告があった。脱出時刻については不明である。ただちに全園男子職員を総動員して園内を捜索したが,発見できず,当夜は,飼育課員数名をパトロール要員として残した他は,午後8時頃に全員解散した。
そこで,残った飼育課員により,園内外の地勢などを素材として検討した結果,該獣の逃走場所としては,次のような要素を加味して考察することにした。
①本獣は登勢力を有するところから,外柵(高さ2mの金網柵)は逃走防止には役立たない。
②本獣は強い夜行性であり,かつ,樹上棲の強い動物であるから,山林を伝わって行動し,広い道路は横断しないであろう。とくに当夜は月夜でもあるので,開けた箇所に姿をさらすことはないと思われる。
③当園を囲む山林の状況を見ると,南側にひろがる一帯,北西部の一帯および北東部より高幡不動尊裏山におよぶ一帯にわかれ,その間が,道路,宅地造成地などによって区切られているので,ある区画の山林より他の区画の山林には移動できないものと思われる。
④3つの区画の山林のうち,②項の条件を充たすものは,第一に北西部の山林と思われ,第1回の逃走にあたっても,この区画の西端部で発見捕獲されている。従って,捜索を行う順序を,北西部山林を東側より,次いで南部山林を東西両側から行うことがよい。
以上の判断から,2月16日正午より,飼育課全員約45名により,北西部山林の東側より山狩りを開始したところ,開始後約30分で該獣がやぶに潜んでいるのが発見され,直ちに捕獣網をもって周囲をかためた上,手網をもって,該獣を捕獲した(第3図)。この結果ビントロングは2頭とも別の檻に移動展示されることになった。
第3図ビント・ロングの脱出経路と捕獲場所
(昭和40年2月8・15日)
Ⅲ.インドガンの脱柵
多摩動物公園ではインドガン15羽が高さ80cmほどの柵で囲まれた場所に,タンチョウ,コクチョウなどと雑居飼育され,いずれも片羽が切られてあった。このインドガンは時々,柵外に出ていた。多摩動物公園では本鳥に限らず,ガン類は園内を自由に歩きまわっているので,特に重大なことではないが,ただインドガンにおいて特徴的なことは,毎年4~5月頃,出歩く範囲が広がるということであった。
ところが,4月6日は,園外に5羽ほど出ているとの報せがあったので,これを捕獲することをきめ,報告のあった現場を調査した。外柵の一部には,内部から外への跳躍が容易な箇所があり,そこから外へ出たものと考えられるが,外から内部への侵入路がないため,該鳥たちは柵沿いの外側でうろついていたものと思われる。
飼育係員が現場に到着した時には,すでに附近にガンの姿が見られなかったので,あらためて人員を集めて正午より捜索にかかった。ガン類の平常の行動より見て,山林のしげみよりは開けた場所を好むものと思われたので,とくに山狩りはせずに,丘陵中のハイキングコースに沿って,幾組かにわかれて,捜索した。しかしながらハイキングコースでは発見できなかった。そこで,逃走をはじめてからの時間の経過を考察にいれ,丘陵豊囲の水田部を探すこととし,軽貨物,バイクなどの車輌を用いて,園外を1周させた。すると,間もなく,ハイキングコースが終って水田部に出た附近で羽づくろいしているインドガンを発見し,ただちに撤獲収容することができた(第4図)。このことにより,ガンは当初の推定どおり,ハイキングコースに沿って逃走したことが確認できた。なお,インドガン以外のガン類では,同じように園内に自由にいるが,このようなケースは皆無である。
第4図インドガンの脱走経路
(昭和41年4月6日)
Ⅳ.ハイエナとジャッカルの脱柵
(1)脱柵動物の概要とに柵の原因
昭和41年9月24日夜より25日早朝にかけて台風26号が通過し,その雨によりハイエナ柵上部の道路肩が土砂くずれをおこし,ハイエナ柵の西半分およびジャッカル柵の西南隅がおしつぶされ,ハイエナ2頭と,ジャッカル数頭が脱出した。ハイエナの♂はよく人に馴れていたが,♀はあまり馴れていなかった。ジャッカルは昭和33年5月,2頭輪入されたものより,柵内に穴をほって自由に繁殖し,脱柵当時8頭いるものと確認されていたが,正確な数は不明であった。脱柵したものが,その全部であるか否かも,確かではなかったが,後に確認した状況より8頭中3頭が脱柵し残り5頭はいったん脱柵したが,自分で柵内にもとったものと考えられる。
(2)捕獲までの経過
25日午前6時,巡回者より出の報告があり,ただちに非常召集を行い,園内各所に見張りをたて,ハイエナ柵は破損がひどくそのままにしておいたが,ジャッカル柵の破損箇所については,補獣網で仮の補修を行った。当日,園内には風倒木や土砂くずれが多いので,終日休園とし,復旧仮整備と,脱柵動物の捕獲に全力をつくすこととした。
①ハイエナの捕獲
脱柵動物の性格から,ハイエナの捕獲を優先して行った。ことにシマハイエナの♂については,本報告の冒頭にあるようによく担当者になれているところから,すぐに発見され,ロープをかけて捕獲することができた。ただ,この際,ハイエナがいささか興奮していたためか,捕獲した担当者がひざに咬傷を受けた。
♀のハイエナについては,外柵にそって行動していることが推定できた。これは,イヌ科においても見られるもので,ジャッカルについても同様な行動があるものと考えられた。そこで,♀のハイエナを捕獲するには外柵を利用するのが最適と考え,園の南西隅で外柵が「く」の字型にまがっている個所に,捕獣網を回廊状に張って,捕獲予定地を設置した。ついで,午後2時より,飼育課員を先頭に,園全員による山狩りを行い,ハイエナ♀を園南側の山林に追い入れた。その後は,東と西より,お互にトランシーバーで連絡をとりながら包囲網をちじめ,捕獲予定地まで追いつめ,午後4時30分,手網によって捕獲し輸送箱に収容することができた。この山狩りにおいては,トランシーバーが,極めて有力であった(第5図)。
②ジャッカルの捕獲
ハイエナ捕獲の山狩り中,幾度かジャッカルの姿を見かけたが,25日はハイエナに主力をおいたため,12時30分頃1頭を手網で捕獲したにとどまり,夕刻,ジャッカル舎前に落し箱を設置し,夜間パトロールを強化したのみにとどめた。
26日,山狩りをしたが発見できず,前日にしかけた落しにもかかっていなかったが旧ハイエナ柵内のジャッカル柵沿いにジャッカルの足跡多数を発見した。このことにより,山狩りによる捕獲はやめ,落しを用いることとした。26日夕刻,旧ハイエナ柵の2重扉を利用し「落し柵」を仕掛けた。翌日しらべたところ,この落し柵にジャッカルがかかった形跡はあったが,直径1cmほどの石の重しを吊るしたロープを咬み切って戸を押し開けて再び脱出していた。そのロープの咬み切られたあとは,ナイフで切られたようであり,ジャッカルの歯の鋭さを明瞭に示していた(第6図)。
第5図 台風26号によるシマハイエナ・ジャッカルの脱柵と捕獲
第6図 踏込み落しわな
第7図 落し箱
27日は,コンクリート製のハイエナ寝室2ヶ所,および鹿輸送箱2ケを利用して,落し箱を4ヶ仕掛けておいたところ,翌朝までに2頭の捕獲に成功した。合計,柵外で3頭を捕獲したことになる。その後,柵内を徹底的にしらべ,5頭が残留していることが確認できた上,その後,柵外での落しにもかからず,また足跡も見られ,なくなったところから,当初の確認した8頭が全べてであり,全頭収容したことが確実になったので,捜索を中止した。このことにより,小型イヌ科動物の捕獲には,落し箱が有効であることが証明された。またイヌ科動物には帰家性が強く,脱柵した場所にもどってくる習性のあることも,活用されたと考えられる。(第7図,第8図)
考察と教訓
以上4件の動物脱柵の模様を比較検討し,討論をなした結果,次のような考察ならびに教訓を得た。
1.動物の夜間管理について
飼育動物は,夜間は原則として寝室に収容することを心掛けるべきである。多摩動物公園では,無柵放養式動物合が多いのにもかかわらず,一部収容舎の不足から夜間も放養のままにしてある動物がいるが,これが,動物脱走の遠因となっている。とくに,ビントロングの場合は,このことを如実に示していると考えるべきである。
2.飼育担当者の変更にともなう環境変化について
動物園において飼育担当の決定は種々技術的問題を含んでいるが,ことに,この担当者の変更が動物におよぼす影響が,脱柵の遠因ともなることに留意しなくてはならない。ビントロングの脱柵は,担当者の変更により飼育環境に変化がおこり,既設の「心理的柵」がその機能を失ったことを示している。「心理的柵」と脱冊との関連については,今後,動物園における技術的問題として討議を重ねていく必要がある。
3.動物の馴致について
飼育動物を常に馴致しておくことは,動物の治療移動などの場合に極めて有効であるが,脱柵した場合にも,重要な要素となってくる。ハイエナ♂の刑獲経過がそのことを如実に物語っている。
4.脱柵動物の逃走経路について
脱柵した動物を捜索する場合は,その動物についての平常の観察で知り得た習性,くせなどを充分に考慮し,逃走経路を充分に推定してからとりかかるべきである。動物の逃走経路を推定するにあたって材料となる習性項目としては,夜行性か昼行性か,開けた場所を好むか暗い場所を好むか,木には登れるか,自的地に向ってまっすぐ進むか壁やへりにそって進むか,とのくらいの時間にどのくらい移動するか,帰巣性(帰家性)は強いか,といったことが重要なものである。5.捕獲場所の選定
動物が脱柵した場合には,まず区画を定めて閉鎖し,動物を発見した場合,それを追いつめて捕獲する場所を速やかに決定することが必要である。このためには,平常より地形についての把握が必要であり,また。土地の目印,建物などについて,全職員に徹底した名称をつけておくことも,このような行動をおこす際に,極めて有効なこととなる。
第8図 アクション図解
6.捕獲の用具
直接動物を捕獲する用具は手網であるがこれとともに,捕獣網も極めて有効である。また,トランシーバーは,極めて有効であるから,今後動物園においては必需備品として考えられねばならない。
7.捕獲の組織
一般に非常時の職員編成については,平常の職制上の組織をおおむねそのままに移したものが多いが,動物脱柵の場合には,その動物の種類と習性に応じ,特に適任者を適当な場所に配置するよう配慮すべきである。そのためには,指揮者は平常より各飼育係員の体力,能力,経験度などについて充分把握しておく必要がある。
8.動物園の夜間態勢について
夜間に脱柵事故が発生した場合,その捕獲作業の成否は,招集し得る飼育係員の数に負うところが大である。動物園における職員の園内居住については,技術上の問題として,今後,討議を重ねて行く必要がある。