1956年度上野動物園に於ける斃死動物について

発行年・号

1959-01-02

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期

所 属

上野動物園

執筆者

浅倉繁春,中川志郎

ページ

39〜41

本 文

広島市安佐動1956年度上野動物園に於ける斃死動物について

上野動物園 浅倉繁春・中川志郎

本年度に於ては当雷はアフリカ生態園の工事が進展すると共に多摩動物公園の工事の着工等上野動園としては発展的な運営にあった。ツル類、鶏類の育雛等も初夏の頃より多摩動物公園で実施を始めた。哺乳動物の飼育点数は昨年に比べ約10%、鳥類については5%の増加を示めしているが、大動物としてはアメリカ獏の新着やカバの仔の繁殖等がみられた。本年度は猿の汎発性結核症がみられた以外には、仮性結核症が猿類に認められた。その他、有袋類に放線菌病がみられた。又鳥類の痛風症生した。大動物としてはクロサイが秋に斃れている。本年度末の動物の飼育種類、点数については表1のとおりである。斃死率、各月の斃死統計及び症類別定数は図1、表2のとおりである。

斃死溶=年間総斃死動物数/飼育動物数(3月31日現在数)
×100=12.98%

哺乳類斃死率=13.95%、鳥類斃死率=14.04%、爬虫類斃死率=14.53%、両生類斃死率=3.70%・

Chart1
Sort and Number of animals in Ueno Zoolouical Garden.

§伝染病(感染病)

感染病としては本年度に於ては結核、放線菌病、仮性結核症、アスペルギルス症等がみられた。結核症としては当園には珍らしいものであるが、アカゲザル(Macaca rhesus)♀が敗血症型で、皮下、肺、心臓、眼窩、脳腎、腸等に小豆大から拇指頭大の膿瘍及び一部は膿漏を形成して斃死した。臨床上ツベルクリン反応は陰性になっていた。各臓器の膿汁からは抗酸染色陽性の小桿菌を多数検出したが、東大農学部で人型菌と同定された。なお同居しているアカゲザルにはツ反応を実施したが何れも陰性に終った。出血性貧血症としては猿類に認められた。12月に入ってからモナザル(Cercopithercus mona)♂♀は相ついで斃死。剖検所見は肝臓の栗粒大結節の密発と脾臓の小豆大結節の散在、腸間膜淋巴腺の髄様腫脹、腎臓の溷氵虫腫脹、盲腸、結腸の小出血斑及び大豆大の潰瘍の散在であり粘膜のカタルもあり肺臓の水腫及び心筋の溷氵虫もみられた。更に同居していた♂その後食欲の減退、大腸カタル等の症状がみられたので抗生物質の投与により治癒した。放線菌病としては有袋類が感受性強くワラルー(Macronus robustus)♂は右側咬筋部の腫脹があり、ペニシリンの病変部注射によって約2年間断続的治療を行ったが、2月に斃れた。剖検上咬筋部はに殆んどDrauseを認めないが筋肉の黒青色の変性と炎性肉芽の増殖があった。左右両肺葉に粟粒大の結節の密発し肺は肝変化し紋理を呈する。胃は全面に亘り灰白色で菌の増殖による大小の潰瘍が散在していた。真菌症としては多数の鳥類の病例を認めた。ヒゲペンギン(Pygoscelis antarctica)♀とフンボルトペンギン(Spheniscus humbolti)♀はアスペルギルスによる肺の粟粒大から小豆大の結節の密発、気嚢壁の線維素性炎と病原体の増生がみられ肝の溷氵虫腫脹、腎の変性、胃腸粘膜の義膜性炎等の病変が認められた。オナガガモ(Dafila acuta)♀2羽とマガモ(Anas platyrhyncha)♀、カルガモも本症によって斃死した。
トキイロコンドル(Carcoramphus papa)♀は痛風症で運動失調を呈したので、グロン酸やコルチゾン等による治療を行ったが斃死した。剖検所見は、左肺に結節散在し、頸部気嚢にアスペルギルスの増殖を認め実質臓器の溷氵虫腫脹、特に腎の尿酸塩の沈着を認め総排泄口に尿酸塩の瀦溜、各関節の肥厚、炎症像を認めた。アヒル(Anas platyrhynchavar,domestica)♀はmucormycosisによる心嚢、気嚢、肝包膜の増殖及び漿液の滲出等の変状が見られた。又オオトカゲ(Varainus salvator)♀真菌による肝の結節症及び心外膜炎により斃死した。
この他、病原体の同定が出来なかったが、一応感染症としての例をあげると、毛皮として高価なチンチラ(Chinchilla lanfar)♀は、直腸脱により治療をしていたが経過不良のまま斃れた。
剖検所見としては肺の辺縁部の水腫と、肝、脾における粟粒大結節の密発、実質の腫脹変性と小腸、結腸等の結膜の充血、カタール性変状がみられた。ヒメコンドル(Cathartes aura)♀等にみられた趾瘤症は、趾関節より漸次上行し、敗血症に移行するもので壊死桿菌の培養検出は出来なかったが、それとは別に化膿菌が検出された。ルリコンゴーインコ(Ara ararauna)♀は腹膜炎を起し腹腔内に滲出物の瀦溜と小腸のカタル性出血性炎がみられた。不忍池の島にいたシロテテナガザル(Hylobates lar)♀は廻腸、盲腸にジフテリー性腸炎と淋巴腺の腫脹、肝の脂肪変性を認めた。オオトカゲ(Varanus salvator)やチョウゲンボー(Falco tiniturnelulus japonensis)は行炎で斃れた。
ゲラタヒヒ(Theropitinectus gelada)♀は右側胸腔には20c.c.程度の繊維素滲出し右葉は壁と癒着し炎性肉芽形成を見ると共に横隔膜と癒着する。左葉の下縁も癒着があり心嚢も絨毛性の炎症を起している。脾、肝の軽度の溷氵虫腫脹、脾と腹膜も癒着を認められた。細菌検査に於て連鎖球菌が検出された。ヤマアラシ(Hystrist bengalersis)では右肺葉に小指頭大の結節数個散在し、増殖性肉芽形成し肋膜面と癒着している。心筋は溷氵虫腫脹し心嚢との癒着を起す。肝、腎は溷氵虫し、脾は腫大し出血梗塞を起し腸粘膜のカタール性出血性炎を認めた。ダイカー(Cephaiophus grimmi)は下顎部或は蹄に膿瘍が見られた。剖検所見として肺に散在する膿瘍と肋膜及び横隔膜との癒着、更に脚と横隔膜の癒着と小豆大の膿瘍の散発を認めた。

§臓器病

A消化器系疾患:臓器病中最も多いのは消化器系と呼吸器系の疾患であり、本年度は表2の如く夫々49例と39例となっていて、消化器系は最高を示しているがその内の大部分は腸炎である。この表の外としてクロサイ(Rhinoceros bicornis)♀は当園で仮収容中に悪液質にて斃れたものであるが、剖検所見は胃に比較的古い潰瘍を認め潰瘍底は結合織によって再生されていた。十二指腸、小腸にはカタル性腸炎が認められ条虫Anaploce phala magnaの寄生が多数認められ、肺の辺縁部の水腫と心冠部、腎包膜脂肪の膠様変性が著しかった。なお腸の構造は馬のそれに酷似し、腎は分葉腎であった。
胃潰瘍は比較的多くみられるもので、前述のワラルー(M,robustus)やジャコウネコ(Paradocuras jerdon)ギンキツネ(Vaupes fulva)等にもみられた。寄生虫の胃粘膜内に穿孔することによって生ずる胃潰瘍も、モモイロヘラサギ(Ajidia ajaja)♀、コサギ(Egretta gariy etta)等にみられた。これは鉤頭虫Acanthocepha sp.によるもので、穿孔部は肉芽形成による器質化が行なわれている場合が多い。コブハクチョウ(Cygnus olor)♂は筋胃に4cmの針金が穿孔し、腹膜炎を起し腹腔臓器の充出血、黒色色素変性等がみられたが、これは不忍池の池底に頸を入れて餌をあさることによって起ったものであろうと考えられる。ロリス(Loris gracilus)は幽門部粘膜に小出血斑とカタルを認め、十二指腸にもカタル性出血性変化を認めた。オットセイ(Callorhinus arsinus)む、タイワンリス(Callosciurius caniceps thairvanensis)♂等にもカタール性出血性腸炎がみられた。
B呼吸器系疾患:呼吸器系疾患は消化器系の疾患に次いで多く、39例になっているが、その症例については大部分感染病の処で述べたので省略する。
C泌尿生殖器系:鳥類に時々起る輸卵管閉鎖症、狭窄症、或いは卵墜等は本年度もみられガチョウ(Cygnopsis cognoid avar.orientalis)やマガモ(Antis platyrhyncha)の例が見られた。ヤクシマシカ(Cerenus nippn inippon)は骨盤狭窄のため、難産となり膣裂傷による腹膜炎を起して斃死した。ツノトカゲ(Phrynosoma cornutum)は代謝異状の例と考えられるが、腎、肝の実質は尿酸塩により白色に変色し、総排泄口は尿と糞の瀦溜により膨大し尿酸塩等による結石様の状態を示して斃死にした。同様な例はトキイロコンドロル(Careoramephus papa)にも尿酸塩類の代謝障碍による痛風症があった。前述のアスペルギルス症を起した例も痛風症を併発したが、本例は感染がなく剖検所見は、腎、肝の溷氵虫変性と尿管及び総排泄口の内容瀦溜による狭窄であった。ギニヤヒヒ(Papio papio)♀は1月に分娩、胎児は直ちに死んだが、その為陰部よりの出血が長く続き全身痙攣を発して斃死した。剖検上は卵巣は設定で腫大し、副腎特に皮質の腫長が著しく出血も著明であった。ホルモン異常によるものと考えられる。
D循環系;循環系の病気としてはマガモ(Anas platyr hrncha platyrhyncha)の心外膜炎、ジャコウネコ(Par ado.cisvus jerdoni)♀の脾臓炎と日本猿(Macaca fusciuta)なの脾臓破裂等があった。日本猿は団十郎と称され、猿山のリーダーとして君臨していた個体で、腸特に結腸に小豆大の潰瘍散発し、頭部の破綻、腹腔内に血様漿液の溶剤があった。

§外傷不慮

外傷や不慮によるものの比率は本年度も最高を示めしその大部分が鳥類であるが、哺乳動物では当園産の新生児が骨折等で斃れる例がみられた。ニルガイ(Boselap hus tragocamelus)、ブラックバック(Antclope certicapra)は檻に激突して骨折を起して斃れた。アシカ(Zalophus californianus)♂は池の台(2.5m)よりコンクリート上に飛びおり心臓麻痺で斃れ、胸部皮下の点状出血と、肝、腎の充血、心房室の血液瀦溜等が認められた。エゾシカ(Cervus nippon yesoensis)♀は♂の角による刺傷により、又♂はその角を切除せんとして保定中に心臓麻痺によって夫々斃死した。雌は刺傷により、十二指腸は2cmの破裂と腸へルニヤを起し更に腎臓包膜と癒着を起していた。ニジキジ(Lophophorus impevanius)は多摩動物公園にて育雛されていたが、啄傷によって門部が癒着し排便困難となって斃れた。剖検所見として盲腸粘膜の壊疸性ジフテリー性変化を呈しており、肝臓の腫大が見られた。

§中毒症

本年度は中毒症として特にみるべきものがないが、当園では池、水槽等を晒粉で洗学することが多く両想類の入っているオオサンショウオ(Megalobatrachaus japoncns)の水槽を晒粉で洗滌した時、水洗不充分であつたため西粉中毒を起して斃死した。

§寄生虫症
21:1の寄生は野生動物に於て極めて高率を示しているが、マレイニシキヘビ(Puthont reticulatus)♂は食道虫に類似の線虫の食道、胃等に十数匹の寄生を認めると共に肺気管内に3~4ヶ所に寄生し、肺葉全体としてはカタール性肺炎を起している。小腸内には条虫数匹Bothridinn pythonisの寄生を認めた。ギンキツネ(Vulpe fulva var argentalius)♂は右心室にフィラリヤ3匹Dirofilaria imanitisの寄生を認めると共に、右肺、横隔膜葉に3匹が寄生し、胃粘膜の潰瘍、肝、腎の脂肪変性がみられた。カルガモ(Anas paecilorhyncha)♀、マガモ(Anas paecilorhynch)♀は条虫が腸内に寄生し腹腔を狭窄していた。カワウソ(Lutra lutra)♂は葉桿虫(Stmongv loides sp.)の寄生により肝、腸漿液膜下と腸間膜内に栗粒大結節多数認め、腎包膜下と共に仔虫を認めた。モモイロヘラサギやコサギ等の魚食鳥類の多くは鉤頭虫Acanthocephala sp.の寄生による胃潰瘍がみられたことは前述した。

§腫瘍

腫瘍としてはマガモ(Anas platyravncha platyrhynctha)の白血病によって斃死した例を除けば殆んどみられない。この例では肝臓は腫大し鶏卵大の結節散在し、腎臓に転移し大豆大の結節が認められた。同じくマガモでは肝に小豆大からクルミ大の腫瘍を形成し、その他の臓器には殆んど変状がない。組織学的には淋巴肉腫の混合腫瘍が認められた。
終りに、種々御指導頂いた古賀園長、福田課長に深謝すると共に、各種動物の解剖の診断に御指導並に本稿を御校関頂いた東大教授山本脩太郎博士及び教室各員に衷心より感謝いたします。

文献

1) Report on the deaths occuring in society's Gardens.proc.zool. Soc.Lond.'31
2) 同 上 proc.zool.Soc.Lond.'32
3) 同 上 proc.zool.Soc.Lond.'33
4) Annual Report N.Y.zoc.'56
5) 浅倉、中川、上野動物園の斃死動物'55
6) Ratcliffe H.L. Newsletter
Amer.Ass.zool.Agua.'60