クマノミとサンゴイソギンチャクの共生の観察(その1)
発行年・号
1959-01-01
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(Some observations on the symbiosis between the pomacentrid fish and the sea anemone.)
所 属
神戸市立須磨水族館
執筆者
奥野良之助,青木孝賢
ページ
8〜11
本 文
広島市安佐動クマノミとサンゴイソギンチャクの共生の観察(その1)
神戸市立須磨水族館 奥野良之助・青木孝賢
Some observations on the symbiosis between the pomacentrid fish and the sea anemone.
Ryonosuke Okuno and Takayoshi Aoki
(Suma Aquarium of Kobe City,Japan)
まえがき
クマノミ類と大型イソギンチャク類の共生は古くから知られ、いくつかの研究報告がある。その一般的な観察は、Gudger(1947),Gohar(1948)等によっておこなわれ、またクマノミだけがどうしてイソギンチャクの刺胞に刺されないかについては、Davenport and Norris(1958)の研究がある。日本で発行されている、図鑑や一般教科書にも、簡単な記載があるが、その内容はまちまちである。また、南日本で最もふつうなクマノミAmphiprion canthurusとサンゴイソギンチャクCymbactis actinosteloidesの共生に関する報告は見当らない。
写真説明 2尾のクマノミが同時に小さい方のサンゴイソギンチャクにはいっている所、(山路勇氏撮影)
当館で1958年夏に採集した上記2種の飼育に成功し、その共生を観察した。展示水槽でおこなったので、種々制約があり、充分な実験をくりかえすことはできなかったが、クマノミの示す“なわばり”と、食物を介した間者の関係について、ある程度の資料を得たので、ここに報告する。
文献の御教示および有益な御意見をいただいた京大瀬戸臨海実験所内海先、貴重な写真を貸与された同所山路先生、終始御指導いただいた当館井上館長はじめ飼育係の方々に心からお礼目し上げる。
なお、飼育、観察は主に青木が担当し、実験およびまとめは奥野がおこなった。
採集と飼育*
ナンゴイソギンチャクは1958年8月、クマノミは同10月、いずれも和歌山県田辺湾で潜水採集したものである。イソギンチャクは2個体で、うち1個体(ふくらんだときの直径約25cm)は'59年1月に死亡したが、のこりの1個体(約20cm)は'59年7月現在よわりながらも生存している。クマノミ2尾で、うち1尾(体長約4.5cm)は5月に死亡、現在1尾(3.5cm)のこっている。
飼育水槽は80×40×40cmの鉄わく置水槽で、観察、実験はすべてこの水槽でおこなった。この水槽には、他にギンニゴイ、ニンジンイソギンチャク、ウメボシイソギンチャク、ウミサボテンそれぞれ数個体ずつ収容しており、ときにはアメフラシの類を同居させたこともある。
方法
観察は、1958年12月から、59年3月までつづけた。1日数回、クマノミがどこにいるかを記録し、同時にクマノミ同志、およびクマノミとイソギンチャクの相互関係を見た。観客が来た時は観察を中止し、その影響を消すよう努めた。
実験は、1953年3月に、5回おこなった。これは、大きさのちがう餌を与え、クマノミがどう処置するかを見たので、餌には主にエビのむき身(ときにはイトメ)を使った。
なお、海中での観察は、'59年8月および10月の採集と、'55年におこなった潜水観察の資料で、いずれも田辺湾におけるものである。
結果
1.海中での──潜水観察によると、自然の海の中では、クマノミは必ずサンゴイソギンチャクの中またはその近くにいる。追えばイソギンチャクの中、あるいはそのかげにある小さな岩穴*にかくれる。
*採集・飼育については文献6、飼育条件については文献5、水質については文献4参照。
一方、イソギンチャクの方からみれば、必ずしもすべてがクマノミと共生しているわけではない。むしろその98~9%までがクマノミなしで、単独に生活している。1つのイソギンチャクに共生しているクマノミの数は必ず1尾である。ただ、10月の観察中、同じイソギンチヤクに、大きなクマノミ1尾と、10mm位の小クマノミ1尾が共にいたことが1例だけあった。
2)いわゆる“なわばり”について──以上のように、1つのイソギンチャクに、1尾のクマノミしかいないのであれば、いわゆるなわばりのあることが予想される。
水槽内の観察では、はじめはそれぞれ2個体づつで、クマノミの大きい方が大きいイソギンチャクをすみ家にし、小さいのが小さい方にはいって、ほとんどクマノミ同志のトラブルはおこらなかった。ところが、59年1月に、大きい方のイソギンチャクが死亡し、同時にクマノミ間の争いがおこった。
この経過を、6つの時期にわけて、それぞれのイソギンチャクの中、あるいはその近くにいた回数で示したものが第1表である。
第Ⅰ期(12月14日~1月12日、29日間)は、イソギンチャクが2個体とも健在の間で、クマノミたちはそれぞれのかくれがに安住しているようすがわかる。第Ⅱ期(1月13日~20日8日間)は、大きい方のイソギンチャクがしおれて死亡寸前になった時期で、大きいクマノミがそれまでいた大きいイソギンチャクをはなれて小さいイソギンチャクへ侵入して行く過程が見られる。このころからクマノミ同志のトラブルが目だって来た。この期間のおわりに、大きなイソギンチャクが死亡した。第Ⅲ期(1月23日~2月3日、12日間)は、大きいクマノミがのこったイソギンチャクを完全に独占した時期であり、小さいクマノミはときどきもぐりこもうとするが追い出された。第Ⅳ期(2月3日~2月10日、8日間)は、小さいクマノミがもぐりこみに成功し、トラブルも少くなった。第Ⅴ期(2月11日~25日、15日間)は、小さいクマノミがまた追い出された時期で、第Ⅵ期(2月28日以後)で、もう一度共存の状態となり、6月に大きなクマノミが死亡するまでつづいた。
第1表
*布川(江ノ島水族館)談によると、むしろ岩穴へかくれることが多いとのことであるが、私たちもそういう例をいくつかたしかめた。
3)食物を介した共生関係──クマノミに小さな餌を与えると、他の魚と同様すぐ喰ってしまう。しかし、丸のみできないような大きな餌を与えると、クマノミはその餌をくわえて、イソギンチャクの方へもどる。そしてその触手あるいは触手の間におしつける。そのまま餌をはなし、また次の餌をもらいに出てくる。一方イソギンチャクはその餌を触手でつかみ、たべてしまう。餌がやわらかくて、かみちぎれるようなものであれば、一度イソギンチャクにつけた後、またくいつくこともたまには見うけられる。
単なる行動の観察だけでは、果してクマノミガイソギンチャクに、餌を“与えて”いるのかどうかがわからないので、次のテストをおこなった。
毎日の投餌をおこなう前に、ときには4~5日絶食さじたあとで、まず直径5mm位のエビのむき身(これ位の大ささでは、丸のみできない)を1つづつ与え、次に丸のみできるエビのすりえ(またはイトメ)を充分与える。そのあとでまた大きな餌を与える。つまり、大きな餌をイソギンチャクへはこぶ行動が、クマノミが空腹の時と飽食している時とで、ちがうかどうかをみたわけである。
テストは5回くりかえしたが、それらを合計して、第2表に示す。
第2表
これでみると、空腹時にはせっせとはこぶのに、飽食した後ではくわえても途中でおとしたり、あるいは全然見向きもしないことが多いことがわかる。また、4~5日絶食させたあとのテストでは、100%イソギンチャクへおくりとどけている。
考察
1)差の中の状態──Gohar('48)によると、海中でのクマノミ類(Amphiprion bictinctus,A.clarketi)は、必ずイソギンチャクと一緒におり、単独に生活しているものはいないとのべている。イソギンチャクの方からみると、Actinia quadricolor,Discosoma giganteturnは、必ずクマノミ類と共生しており、A.hemprichi,Bwonodes koeitrensis,B.crisplusは、時には単独で生活しているそうである。また、Davenport and Norris('58)によると、カクレクマノミActinicola perculaは、フィリピンで、イソギンチャクと共生していないものもいるらしい。
南日本にいるクマノミは、私たちの潜水観察のかぎりでは、単独に生活しているものはない。ただ体長7~8cm位になると、イソギンチャクのそばにいるが、追うとにげこまず、かえって外へにげ出すことが多い、これは、大きくなるにつれてイソギンチャクに対する依存度が低くなることを示しており、Gohar(48)もまた同じことを他種のクマノミで観察している。
これらのことから、クマノミの方がイソギンチャクにより多く依存していることがわかる。
2)なわばりについて──Davenport and Norris(58)は、カクレクマノミについて、Gohar(48)は、A.bicinctusおよびA.clarkinについて、なわばりあるいは“イソギンチャクを守る行動”があると報告している。
私たちの観察でも、“なわばり”といわれているような行動がみられた。しかし、これは産卵と関係している鳥類のなわばりとちがって、あまり強固なものでなく、条件次第では共存も可能である。ただ、共存していても、お互いの間にはたえず対立関係があって、片方が弱るとそれが表面にあらわれることが、第1表の第Ⅳ期で共定していた2足のクマノミが、第Ⅴ期で再びわかれたことにあらわれている。
3.餌を介した共生関係について──クマノミがイソギンチャクをかくれがとして利用することは、すべての報告で一致しているし、またたやすくたしかめることができる。大きな魚をいれると、イソギンチャクの中ににげこむし、夜は触手の間へもぐりこんで休息している。ところが、イソギンチャクの方が、クマノミからどういう利益を得ているかという点に関しては、意見が全くばらばらである。
これらの意見を整理すると、次の3つとなる。
① クマノミがおとりとなって、クマノミを喰いに来る大魚、あるいは安心して近ずく小魚を、イソギンチャクがとらえる。
② クマノミがたべる餌のおこぼれをもらう。
③ クマノミが積極的に餌をはこぶ。
Gohar(‘48)は、クマノミ類の色彩は、イソギンチャクの触手の間では保護色になっているという理由で、上記の①を否定し、観察の結果、③を支持している。
私たちの観察でまた、③を支持するようにみえるが、問題は、クマノミがイソギンチャクに餌を“与えて”いるのかどうかという点である。簡単なテストの結果は、クマノミが、意しき的に“与えて”いるのではなく、むしろ丸のみできない大きな餌を一時保存する習性があるにすぎないことを示している。荒賀(みさき公園自然水族館)によると(私信)、クマノミだけいれて大きい餌をやると、水槽のすみへはこぶということである。クマノミのこのような習性が、サンゴイソギンチャクの利益にうまくむすびついた共生であるといえよう。
なお、時々イソギンチャクは、食物を未消化のまま排せつすることがあるが、これをクマノミが喰うかどうかは、観察できなかつた。常時飽食している飼育中のクマノミではともかく、海の中ではありうることかも知れない。
結論と要約
クマノミとサンゴイソギンチャクの共生を、水槽内で観察した。
1、1つのサンゴイソギンチャクには、原則として1尾のクマノミがすみ、“なわばり”が認められる。
2、“なわばり”は、つよいものではなく、水槽内では2尾を同じイソギンチャクに共存させることもできる。
3、共生しているクマノミは、小さい餌なら自分でたべてしまうが、丸のみできない大きな餌は、イソギンチヤクへはこぶ。
4、はこぶのは、クマノミが空腹なときにかぎられ、飽食したあとははこばない。
5、したがって、クマノミは意しき的に、イソギンチヤクに餌を与えて、いるのではなく、餌を一時保存する習性がイソギンチャクの利益と結びついた共生といえる。
引用文献
1、Davenport,D.and K,S.Norris,1958,Observations on the symbiosis of the sea anemone Stoichactis and the pomacentrid fish, Amphiprion per c-ula.Biol.Bull.,115;397-410.
2、Gohar,H.W.F.,1948:Commensalism.between fish and anemone. Publ. Alar.Sta.Ghardaga.63:5-44.
3、Guidger,E.W.,1947;Pomacentrid fishes symbiotic with giant anemones in Indo-Pacific waters.J.Asiat.Soc.Beng.,12:53-76.
4、平山和次、1959;1958年度における須磨水族館の水質とその管理、日・動・協、月報、1959・4;13~26
5、奥野良之助、1959:海産無脊椎動物の飼育記録(その1)、日・動・協、月報、1959・1:31~39。
6、須磨水族館、1959;クマノミと共生するサンゴイソギンチャクの飼育、日・動・協、月報、1959・1:57~58(ニュース)。
*直接参照できなかった。