サイの飼育状況(サイの国内登録)

発行年・号

1974-16-02

文献名

サイの飼育状況(サイの国内登録)
(History of Rhinoceroses in Japanese Zoos Katsunori Sotani,Ueno Zoological Gardens)

所 属

上野動物園

執筆者

祖谷勝紀

ページ

44〜47

本 文

サイの飼育状況(サイの国内登録)(1974.1.20受付)
上野動物園 祖谷勝紀

History of Rhinoceroses in Japanese Zoos
Katsunori Sotani,Ueno Zoological Gardens

はじめに

アジア,アフリカの草原や森林にすむサイは,ゾウにつぐ大型動物であるため,数が多くないわりには古くからその存在が知られていた。入手が容易でなかったそのツノには多くの効能が信じられ,珍重されてきた。そのツノを求めての乱獲と,生息環境の減少などにより,生息数は近年とくに減っており,世界中に5種類が現存するが,すべての種類が絶滅に瀕しているか,その危険があるということで,国際自然保護連盟で発行しているレッド・データ・ブックに取りあげられている。ただ例外としてシロサイのうち南アフリカ産の亜種(ミナミシロサイ)だけは,保護策が効を奏して,その危険はないと判断されてか,除外されている)。
大型であるというだけでなく,その特有な体形,さらに他に類例のないツノをもった動物である点などから動物園的な動物で,動物園で飼育されることが多い。ところが前述のように野生での生息数が激減している現状では,その飼育管理に十分な配慮がされなくてはならない。最近,このような動物に対し世界的な規模でその飼育状況を把握し,飼育下での繁殖を効率よくさせるために飼育個体を登録し情報を交換することが行なわれている。サイについては,クロサイとシロサイはベルリン(西)動物園が,インドサイはバーゼル動物園がセンターになり国際的な登録が行なわれている。1972年の日本動物園水族館協会の運営委員会において稀少動物の国内分の登録を行なうことがきまり,サイについては上野動物園が担当することになった。
サイの国内登録の第一段階としてわが国におけるサイの渡来とその飼育状況を調べたので,その結果を報告する。また,登録番号や台帳上の名のつけ方についても検討したので紹介する。
なお,調査が十分でないため,調査もれや誤ったデータがあるかもしれない。お気づきの点はお教えいただきたい。

1. 調査内容

1) わが国への渡来歴
2) 各園・施設における飼育歴
3) 繁殖・死亡状況

2.調査方法

サイの渡来については,高島春雄著「動物渡来物語」その他印刷物によった。また,飼育状況については,日動水協年報により飼育歴がある園に対して,1972年12月31日現在の飼育歴,飼育状況の調査(1973年2月実施)を行ない,さらにその後の情報を加え,1973年8月末現在の資料とした。

表1 日本におけるサイの初渡来と異動

3.調査結果と考察

1) 日本への渡来(表1)サイ5種のうち,ジャワサイを除いた4種類のサイが今までに日本の土をふんでいる。そのさきがけは,現在世界のどこの動物園でもその姿を見ることのできないスマトラサイで,1921年6月に大阪天王寺動物園に1頭来園している7)。このスマトラサイが1925年2月に死亡したあと,しばらくは国内で生きたサイを見ることができなかった。1933年の春,東京で開かれた万国婦人子供博覧会に際して来日したハーゲンベックサーカス附属動物園の動物としてクロサイ1頭が来た7)。これが日本へ来た生きたサイの2頭目である。しかしこのサイは同サーカスと共に日本を去り,再びサイは見られなくなった。
3頭目のサイが日本へ来たのは戦後の混乱も一段落した1952年7月22日(横浜着)で,林寿郎氏が東アフリカで収集してきたクロサイの雄であった。このサイは,7月28日に上野動物園に収容された。以来国内ではクロサイの姿はとだえることなく見られている。
インドサイが,日本への3種類目のサイとして渡来したのは1958年11月8日(神戸着)であった。このサイはインド,アッサム州産の雄で,ある電鉄会社の寄付で同月10日に多摩動物公園に収容された。
シロサイが渡来したのは1966年7月5日(横浜着)である,南アフリカ,ナタール州産の若いミナミシロサイのつがいで,同年8月5日に上野動物園に収容された5)。現在では絶滅への道が一番遠いといわれているこのサイは当時はクロサイより入手がはるかに困難で,世界中の動物園の飼育数も76頭(キタシロサイも含む)で126頭以上というクロサイよりもずっとすくなかった)。
1973年8月までに日本へ輸入されたサイはすくなくとる40頭あるが,そのうち33頭がクロサイで全体の83%にもなる。さらに,クロサイ以外の7頭のサイのうち2頭のシロサイは当初クロサイを注文した園に対しクロサイが入手できなかったため代りに納入されたものであった。このように,クロサイに限定されているのは,この種がある時期は欧米の動物園で入手が容易であったためか飼育されることが多かった事実が影響を与えていると思われる。これは今日でも似たような傾向がみられるがよその動物園で飼育している種類を収集対象とすることが多いからである。
2) 現在のサイの飼育数(表1,表4)
1973年8月31日現在の国内における飼育数は,3種22頭で,11園で飼育されている。種数別では,インドサイが1園で2頭,シロサイが2園で各2頭,クロサイは8園で16頭が飼育されており,その内訳は表4のとおりである。
3)クロサイの飼育状況(表2,3,4)
前述のように,輸入数も飼育数も圧倒的に多いクロサイについて年別の異動,飼育期間などについてまとめたのが表2~4である。
輸入についてみると,表2のとおりで,1952年以降はとんど毎年1~3頭が輸入されている。高島7)によると表2,4のように1953年に3頭が輸入されたことになっているが,目下のところその飼育歴はよくわかっていない。ミナミシロサイが700頭も売りに出されたという6)1972年以降も引続きクロサイのみの輸入が続いているのは一考の余地があることと思う。

表2 国内におけるクロサイの年別異動状況

表3 クロサイの飼育期間
(1973・8・31現在:不明のものを除く)

飼育期間について死亡例と,飼育中のものについてみたのが表3である。飼育期間のわかっている死亡例14のうち,4例(29%)が輸入後1年未満で死亡している。最長飼育例は,死亡したものでは,12年2か月28日間(♂・上野)で,飼育中のものでは,1958年3月31日以来福岡動物園で飼育されている雄で,15年5か月になる。4)国内での繁殖
現在までのところ,国内で成功例があるのはクロサイだけで,神戸・王子動物園で1例がみられている。その状況は表4にあるとおりで,登録No.19,22,30と34の個体である。1963年11月16日に王子動物園でうまれたものが第1例である。
流産の例として,インドサイで1967年6月に1例(多摩動物公園),クロサイで1972年12月22日に1例(安佐動物公園)がある。
さらに,妊娠中の雌が死亡した例が1例ある。1965年9月15日に福岡動物園で死亡した雌が26.4kgの胎児をもっていた例で,1964年春に交尾がみられている。

表4 国内におけるサイの飼育状況(除スマトラサイ)

4.国内登録

現在のところかりの台帳を作成し,種類別に登録番号と台帳上の名(Studbook Name)をつけて整理している。
1) 登録番号
登録番号は,種別コードと個体別一連番号とからなっている。種別コードはローマ字3文字で,頭に日本の国内登録であるという意味のJをつけ,そのあとに英名に由来した2字をつけている。種別コードと和名,英名,学名を対比したのが表6である。
個体別一連番号は,国内動物園(相当施設)に到着(出生)した順に1個体ごとにつけてある。たとえば,1921年に渡来したスマトラサイは"JSR-1”となっている。
2) 台帳上の名台帳上の個体名は,ローマ字表記とし,最初に収容した動物園の名(短略)とアルファベット1字または数字とからなっている。この最終の1字は,野生でうまたものにはアルファベットを,また飼育下でうまれたものには数字をつける(受入れ順,出生順)ことにした。たとえば王子動物園に一番始めに来たJBR-4は0jiAであり,同園で一番始めにうまれたJBR-19はOji-1である。
この台帳のつけ方は,ビクイナの国際登録に使用されているもの4)を参考とした。
3) 登録カード個体別の登録カードは現在まだ作成していないが,国際登録に使用されているものに準じて日本語で作ることを予定している。

おわりに,この種の仕事で最も大切な情報収集に対しご協力いただいた各動物園その他関係者の皆様に対し感謝すると共に,今後のご協力をお願いする。

参考文献

1) 有竹 隆(1959):“多摩王”に付きそって,どうぶつと動物園,11,2,16~18
2) IUCN (1972):Red Data Book.Vol.1 Mammalia(2nd ed.)IUCN, Morges.
3) Jarvis,C.編(1968):Census of Rare Animals.Int.Zoo Yb.,8,367
4) Schmidt,C.R.(1972):International Studbook for the Vicuna. Int.Zoo Yb.,12,147~150
5) 祖谷勝紀(1966):シロサイが到着しました。どうぶつと動物園,18,9,6~7
6) ---(1972):シロサイの大売出し,どうぶつと動物園,24,7,26~27
7) 高島春雄(1955):動物渡来物語,138~144,学風書院,東京。

〔追記:本報告作成(1973年8月)後,多摩動物公園においてインドサイが出生したり,名古屋東山動物園にインドサイの若いつがいが渡来したりしているが,これらについては第二報で報告することとし,ここではふれなかった。〕

SUMMARY

Upon request of the JAZGA’s Executive Committee in 1972,the Ueno Zoo took the first step to establish a studbook of rhinoceroses in Japan in order to supply adequate information to the international studbook keepers and Japanese Zoos.What follows is a short history of rhinoceroses in Japan as of August 1973.
Four species of rhinos have been introduced into Japan so far. The first specimen was a Sumatran Rhino,sex unknown,which arrived at Tennoji Zoo in Osaka in June 1921.The second species, and also the second specimen,was a Black Rhino which was brought to Tokyo by Hagenbeck in the spring of 1933.This animal left Japan with the circus,since no Japanese Zoo was able to purchase it. The first post-war rhino was a black male.He arrived at Ueno Zoo in Tokyo on 28 July 1952.The third species is the Indian Rhino. On 10 November 1958 a male arrived at Tama Zoo in Tokyo.A young pair of the White Rhino,which arrived at Ueno from South Africa on 5 August 1966, made the country's fourth species. One species, the Black have successfully bred up to date in Japanese zoos.
As of August 1973,at least 40 rhinos have been imported to Japan, 1 Sumatran,2 Indian,4 white and 33 or more Black.At present, 22 rhinos are exhibited in Japanese zoos.They are 2 Indian,4 white in 2 zoos and 16 Black in 8 zoos.