ヒグマの繁殖について
発行年・号
1960-02-03
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(ON THE BREEDING OF EZO BROWN BEAR)
所 属
上野動物園
執筆者
古賀忠道・佐藤昭治
ページ
53〜56
本 文
広島市安佐動ヒグマの繁殖について
上野動物園 古賀 忠道・佐藤 昭治
ON THE BREEDING OF EZO BROWN BEAR
(Ursus arctos lasiotus)
Tadamichi Koga and Shoji Sato, Ueno Zoological Gardens
S 前言
1960年1月13日、ヒグマ(Ursus arctos lasiotus)が 2頭の子を産みました。この熊は♂♀共に1947年生れの本年は共に13才で、すでに1956年1月26日と1958年1月 27日の2回繁殖しました。しかし今回は、新熊舎建設のため、従来の熊舎をこわしたので、2頭の親熊が1959年12月5日以来、狭い鉄檻(1.8m × 1.8m × 3.6m)に同居させていた間に産れたので、過去に於ける繁殖の場合と異って、檻が開放的で観察が容易であったために、割合に詳細を知ることができたのでここに報告します。尚この仮収容檻は、一般の入園者には見せなかったが、その位置は非常に混雑する場所だったので、春の繁忙期には非常に騒がしく、また♂と♀は一緒にこの小さい檻に同居していたのに、よく生育したのは特記すべきことであると思われます。
尚その発情は1959年6月17日から20日まで続き、その間交尾行動の見られたのは6回でしたが、そのうち、完全交尾と認められたのは6月19日 3pm頃でした。
S 観察
1960年 1月13日、8.30am、佐藤が檻を掃除するために行った時は、♀は前回と同様変化はなかったが1pm頃給餌のために檻に近よると、♂♀ともに立ち上り、その時♀の足元に音がして落ちたものがあつたので見る と、それは1頭の子どもでした。母親はすぐこれをくわえて、自分の腹の方に入れ隅の方に座っていたので、一時給餌を中止して約1時間♂♀の状態を観察しましたが、共に変った様子もなく、特に♂が子を気にする様子も見えないので、給餌を開始し、平常通りに餌を与えました。子はテンジクネズミ位の大きさで、脊部は濃灰色の短毛が生え、唇、肢、尾などは淡紅色、眼部は白色でした。
1月14日、8.40am、清掃のために檻の所に行くと、子の鳴き声がしてその健在が認められ、♂は子が鳴くと、 ♀の方に行きその腹の所をのぞいていましたが、特別の動作はしません。1pm、給餌の時、子の鳴き声が前と 異るので、よく見ると、2頭の子が見られました。♀は子を腹の上にのせ、♂は自分の餌を食べながら時々♀の腹部をのぞき込みます。小さい檻に、♂♀同居しているた め給餌には大変不便でしたが、♂は全く♀と子には危害を加える様子はありません。8pm、観察すると、♂と? ♀は、離れて別々に座って眠っているのが見られました。
|1月15日、8pm 頃佐藤が掃除を初めると、♀は稍興奮気味でしたが、その内に子が例の大きい声で鳴き出し♂は一寸♀の方へ行き、脊、腹部をのぞきましたが子には無関心でした。
10.30am頃、・古賀は♀の状態を撮影、1.pmには、佐藤外4名が、檻の周囲にいて、餌を与えたり、写真を撮 ったりしたが、♀も別に興奮せず、むしろ餌を待っている様子でした。煮鯨肉、パン、リンゴ、煮魚などを、♀ の方へ投与すると、自分の方にかきよせて、座ったまま食べました。特に♂に対して警戒している様子はなく、中の子が見える位に前肢を拡げて食べていました。
寝る時は、子を後肢と腹の間にのせ、身を前かがみに し、頭部を前肢の間から腹の所に突き込み丸るくなって います。 2pm頃従来は後肢は座っていたが、今は前にのばし右前肢で後肢を支さえ、左前肢は腹の中に入れていました。この方が楽なのかも知れません。尚出産前は、♂♀は寄りそって寝ていましたが、出産後は分れてねるようになりました。
1月16日(土)、雨なのでの所だけ雨除けにトタンをのせてをやると、♀はぬれていても、子は♀の腹の所 にいるのでぬれません。♂は雨にぬれても平気です。
給餌の際は、♂は♀の分も取ろうとするので、♂を離 しておいて餌を給し、その間に♀には別の人が給餌しました。それでも♂は、時々♀方に突進して♀の餌をとろうとします。
「1月17日(日)、佐藤が掃除をするとき、よく見ると2頭共眼を閉じてよく鳴き、♂が側に行き子の臭をかいだが、別に危害を加えません。今日は♂が♀の側にねています。
1月18日(月)、子の声は産れた時より大きく、色も黒味が強くなり、2頭共胸に白斑があって♀に似ています。本日、♀は鯨肉(煮)700g、コッペパン2個、リンゴ2、煮甘藷400g を食べました。給餌の時、子が♀の腹の所から外に出ると、♀は仔の頭を抑え、一方は前肢を器用に使って腹の所にかき込みます。 1月19日、♀は昨日と同様あまり食慾なく、リンゴだけを食し、首を腹の所に突き込み子をなめていました。 3 pm、4.30pm、のぞいて見ると♀は眠っています。
1月20日、8.30am、子がしきりに鳴くと、親はウー ウーいいながら一生懸命なめている様子は、子をなだめる人間の親を思わせます。子は鳴く時は、ギャーギヤーと大きい声を出すが、受乳中は、グググ.........と言った声を出します。
1月22日、本日よりリンゴ2個を増やしました。
1月23日、朝の清掃の時、♀が立ち上ると子は♂の前に行ったが、♂は鳴いただけで子をなめていました。♀ は一頭の子の頭をくわえて檻の隅に行って座り、他の1頭が鳴いているのを、左前肢をのばして、そっと自分の方にかき寄せました。その時子が白色の糞を排泄すると.♀はすぐになめ取りました。本日はパン2個、煮肉500g煮甘藷300gを食べ、その足、鼻鏡は炎紅色、囲眼部は白色、体色は茶色が段々濃くなりました。
1月24日 1pm頃16mmの映画におさめました。
1月25日、本朝は寒く、気温-0.5°Cでしたが、♀子共に異常はありません。
1月27日、外気温-3°C、異常はなく、子の体色は、褐色より黒褐色となってきました。本日の餌量はリンゴ 4、煮甘藷400g、煮肉500g。
1月29日、今日はよく餌を食べます。何時も給餌後♂は必ず水をのんだが、♀は本日初めて飲みました。その時は、子を腹から離なさないように注意しながら腰をうかして飲みます。♀は出産後本日初めて脱糞しました (正常便)。
1月30日、給餌の際、子が1頭♀より離れてギャーギャー鳴き、また他の1頭る♀より離れたが、その態度は、頭を左右にふり、目の見えない様子を見せ、子は親の体の1部にふれると、どこにでも吸いついたりします。その内に2頭の子を引き寄せて摂餌しました。
1月31日、1pm頃古賀は母子の様子を撮影。♂ は相変らずガツガツして、時々♀の餌を取ろうと突進します。前記の通り1月30日以来♀は採食の際は子を離して食べています。
子は本日(生後18日)目の周囲が白っぽくなり顔もやや長くなってきたが、目はまだ開きません。体色は黒味をまし、特に脊部は母親に似た黒褐色となりました。
2.30pm頃、♀は体をのばし、2頭の子は自分の足の方にのせて眠り、♂は檻内を運動していて、時に子を嗅いだりしました。♀は本日も脱糞。
2月2日(火)曇、本日はリンゴ5、煮甘藷 500g、 パン2個、煮肉700gを給し、少しく増餌しました。
2月4日(木)、今までは、給餌の際子を離さないように座って採食しましたが、本日は静かに立ち上り、子 を腹から離して食べ、子が鳴くと座り、前肢で子を抱き込むようにして腹の所に引き寄せながら食べました。
2月5日(金)晴、子はまた目が見えず、親から離れると鳴きますが、親の体の1部に触っているとおとなし い。♀の摂取量は出産前にもどったように思われます。本日の給餌量は、リンゴ900g、パン2ケ300g、煮鯨肉 2,000g、煮甘藷2,500g、煮魚300g。
2月6日(土)晴、本日も摂餌の後♀は立ち上がり、子を腹の所より落し、子が餌の近くにくると、吻端でお しのけ、前肢で腹部や足元に寄せて食べます。排糞の際は立ち上り、座っている所より離れた所にします。
2月8日(月)晴、概むね昨日と同様でしたが、この後数日は別に変化を認めません。
2月12日、1頭(大)の方は少し眼が開いてきました。 生後29日です。
2月14日(日)晴、本日は大変暖たかく、子(大)の目が2/3ぐらい開いています。小は左眼が少しあきだした程度です。子は♂♀らしく思われます。
2月17日(水)曇、子は2頭とも完全に開眼していて、親の採食中、離されても、鳴きながらヨロヨロ歩いて親の方に行きました。
2月20日(土)晴、親から離れても割合鳴かなくなったが、まだ運動は不自由です。すなわち、体をふるわせながらはって移動します。
2月21日(日)晴、2頭の内の大きい方が、後肢をふんばって立とうとするが中々立てませんが、前肢は立てるようになりました。小はやや発育が遅れています。
2月22日(月)晴、本日は♀の採食中子は離れて眠っています。大は後肢で立ち上がろうとしますが、まだ腰 が上がりません。本日撮影。
2月23日(火)晴、子もますます元気で、3.30pm頃、子ども同志で、ギャーギャー鳴きながら乳房の取り合いをやっているのが見られました。大は檻内を歩きまわる程度となりましが、小はまだ後肢が不自由です。
2月27日(土)雨、気温は平常となったが、♀は小雨に子をぬらさぬように抱き込み外に出そうとしません。採食時も同じように、気を付けているようです。
3月6日(日)晴、大きい方が歩きまわり♂の所に行 くと、♂は子をくわえて、高く持ち上げて、床に落とし たので、子はギヤーギャー鳴き♀はウオーとほえていま す。♂は又くわえて遊んでいる様子なので、急いで鉄棒 で♂を分けました。子は方々を打ったようですが異常はなく、2.30pm頃♂はまた子をくわえていました。
3月7日(月)晴、本日も子は同じようにされていた が、異常は認められず、段々後肢も丈夫になりましたが、♂と♀は分けた方がよさそうに思えたので、間に鉄棒を3本入れて、分けて見ました。
3月14日(月)雲、子(大)は昨日に比べて目立って よく歩き、小さい方も後肢で立ち上るようになりまし た。つまり子は生後50-60日で完全に歩けるようです。
3月15日(火)曇のち晴、子(大)が母親の採食中、近よって、煮甘藷やパンをなめているのが見られまし た。まだ歯は発生していないようです。
3月18日(金)晴、2pm頃♂が子を啣えていました。
3月22日(火)晴、子(大)は甘藷、パンをなめていて、子の口を開いてみると、犬歯が上下共2本、約2mmぐらい出て、門歯も2本現れているのを発見しました。
3月26日(土)雨、今日は、子は雨でずぶぬれとなり、後で♀の腹の所に入ると、♀がなめていました。
3月28日(月)晴、12時頃、♀が♂の方にボルトをくぐって入り、親同志でじゃれて遊んでいましたが、子はねむっており、3pm頃、♀は横になりながら子の首、足などをくわえて遊んでやっています。
4月4日(月)、子が♂の所に入り、♂の餌を食べようとすると、♂はおこって、ウーウーといいながら、子の首にかみ付きました。すると子はギヤーと鳴き♀の方 に走っていったが、またその後♂の方に行って噛みつか れたりしています。
4月6日(水) 晴、今日は大変暖かです。♂♀が一緒にいて遊んでいると、子も2頭で遊びますが、大きい方が強くて上にのることが多いようです。
4月8日(金)晴、新熊舎に移動のため、檻のすぐ側で、運搬檻を組立てても♀ は興奮せず、採食状況も変りありません。
4月20日(水)、子も猫位の大きさとなり、♀にも♂ にもじゃれついて遊んでいます。
4月29日(金)雨、♂が運搬檻に入ったので、4pm 頃初めに新熊舎に運び、新舎の入口を開いて入れようと しましたが、興奮して中々檻から出ず、やっと 8pm頃収容することができました。
4月30日(土)雨、5 pm頃、運搬檻に入れようとすると、♀はすぐに入ったが、子どもが中々入らず、約30分を要しました。檻を移動するに従って、♀は段々に興奮して、例のパンパンと言った声を発し、♂と同様、中々新舎の通路に入りません。真夜中の12時頃、ようやく入り、明日の落成式に間に会ったので、やっと安心しました。
5月1日(日)晴、T. V.出演のため、9am頃から、他のクマと共に放養式の運動場に出すために、寝室との間の動物通路(シュート)に出したが、運動場の出入口からは、顔を出しても、中々外には出ようとしません。♀は例の興奮した声を出し、漸やく外に出ましたが、子が出るのに又時間を要しました。今日は外に出ても、一日中♀は興奮していますが、子はプールに入って遊んでいます。
5月2日(月)晴、今日も♀は外に出て興奮しています。子は大分なれてきて、止り木に上ったりしていま す。今日はまだ♂は一緒に出しません。
5月4日(水)今日は初めて♂、♀、子を一緒に出したが、皆異常はありません。♀は外にいることを嫌っ て、時々出入のドアの鉄板を前肢でガリガリとかいていました。夕刻♀と子はすぐに寝室に入ったが♂は入ろう としないので、今夜は外におきました。
5月6日(金)晴、今日は♂♀ともに興奮がさめ、子は止り木に上ったり、プールに入ったりして遊び、大は よく走り廻るが、小は♀ と一緒にいることが多く、子は止り木に上り、下りることができず鳴いていたが、やっとのことで自分で下りました。前の濠(moat)に落ちはしないかと心配されます。
5月7日(土)雨、♂♀ともに興奮はしなくなった が、今度は♂が子どもにたわむれるようになりました。
1pn頃、子がmoatの縁に立った時、♂が吻部でちよっと押したため、子は約2mの高さより濠に落ちました。すると♀は心配そうに興奮の声を発してのぞいていま す。濠からの階段の上の鉄蓋をロープであげると、子は上に上ってきました。2pm頃、子は受乳しています。
5月15日(日)、子は益々成長し、もう♂の物部を引きかくので、反って♂が逃げて歩くようです。子は何回もmoatに落ちたが平気で、この頃は観客の投げた餌を親と共に食べています。
受乳の際は、♀は尻をつけて壁を後にしてよりかかり、子は乳房にしがみつくよくにし、又乳房を押しつけながら吸っています。(写真参照)
子は其の後の発育良好である、7月中旬まではよく受乳していましたが、その後は、時々乳をしやぶっているが、乳は出ないようです。
S 考察
従来ヒグマの♀は、出産前後約2ヶ月は餌の摂取量が非常に減るかまたは、全然食べなかったが、今回の特徴は、♀親が出産の前後、幾分量は少なかったが、よく餌 を食べたことです。これについては、私たちは次の2つの原因によるのではないかと考えています。つまり今回は動物移動のために、運搬檻に収容する目的で11月14日より12月5日まで(22日)絶食させましたが、この頃は、♀クマが最も多量に採食し、出産時の冬眠のための栄養を蓄積すべき時であります。
次に、♀は出産前後、常に♂と同居していました。これは哺乳類の冬眠は静かであることが1つの条件とされているのに、♀は常に不安にさらされ、また非常に騒わがしかったという結果になっています。
今回のヒグマの発情は、1959年6月下旬の約4日間でしたが、実際に交尾を確認したのは6月19日で、その時は約10分間の完全交尾を認めたので、私たちは、今度のヒグマの妊娠期間を218日と推定しました。
今回の繁殖は、非常に異常の状態で行われ、♂♀を狭い檻の中に同居させましたが、♂は子どもに対して、危害を加えませんでした。尚、乳房は、下腹部、上腹部及び胸部の3対で、初期には主に下腹部より、少し大きくなると上の乳房より受乳するように見えました。
子は大体生後100日位より餌を食べ始め、生後210-220日間受乳しました。つまりその頃までは、1日に少く共2-3回は受乳しました。
隔年に繁殖するのは、受乳期間が交尾期に及ぶことに関係あるのではないかと思われます。
S 結言
1、上野動物園のヒグマは1960年3月13日に2頭の子を産みました。
2、その妊娠期間は、218日と考えられました。
3、♀は出産前後、毎日餌を食べました。 これは過去の経験と異るがその原因は移動の為の絶食により、受乳時の栄養の蓄積が不足していたことと、常に♂と同居していたために起ったのではないかと推察されます。
4、子は出生時非常に小さく、目が開くのは出生後概ね30日、歩けるようになるには約2ケ月を要しました。
5、♀は小さい子を育てる場合、尻を地につけた恰好で子を下腹部にのせています。
6、生後約65日で犬歯を生じ100 日位から段々餌を食べ出しました。
7、受乳は出生後7ヶ月位は認められました。
8、ヒグマは隔年に繁殖しますが、これは受乳期間が丁度交尾期に当たるためではないかと思われます。
文献
動物と動物園、Vol.12. No5.佐藤昭治:ひくまの出産について
SU M M A RY
1. Two cubs were born to a pair of Ezo Brown Bears on 13th, January, 1960 in the Ueno Zoological Gardens, Tokyo.
2. The gestation period was estimated 218 days.
3. The mother tools food all the time before and after parturition. This was quite different from our observations in the past and we think that this occured by the following abnormal conditions: i.e. , we did not give them food for about 22 days for the purpose of putting them in the transportation box about a month before parturition, and also we kept the male and female together in a small cage (1. 8x1.8x3.6m) during the period.
4. The male did not hurt the cubs though we kept the male and female together in a small box,
5. The cubs opened their eyes at about 30 days and could walk at about 2 months after birth.
6. Canine appeared at about 65 days and the cubs began to eat at about 100 days after birth.
7. The weaning period was about 7 months,