ライオンの脱出事故について

発行年・号

1960-02-03

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(N AN ACCIDENT OF LION ESCAPE)

所 属

甲子園動物園

執筆者

土井弘之

ページ

57~60

本 文

広島市安佐動ライオンの脱出事故 について
N AN ACCIDENT OF LION ESCAPE
Hiroyuki Doi, Koshien Park Zoo
甲子園動物園 土井弘之
ま え が き
さきに新築完成をみましたレオポン新獣舎に、レオポン親仔 4頭を収容するため去る昭和35年2月22日、その移転作業を実施中、レオポンの母獣ライオンが運搬用木木製檻を破り脱出しました。
事故に就きましては既に概客報告済みではありますが、協会加盟園各位の猛獣管理について何らかの御参考になれば幸甚と存じ、弦に事故当時の情況を取り纏め、 改めて次の通り報告中し上げます。
ライオン脱出事故発生状況
当園のレオポン親子を新獣舎に移す時刻に関して報道関係者より前以って、その通知方を依頼されておりましたので、「2月22日 14時頃、移動檻より新獣舎に移し替える」旨連絡致しておきました。これは猛獣を移動檻に移すには、出来るだけ静粛に、然も昂奮させない為、係員のみで早朝の中に実施する方針でありました。
然るに各テレビ放送会社は仮レオポン舎より運搬檻に収容する状況を取材しないとニュース価値に乏しいと いう観点からか、相当執拗に申し入れをして来ました。勿論弊園としては、この様な取材は作業上の障害となるおそれもあるので再三断わったにも拘らず、関係者は“運搬檻に収容する予定時間だけでも知らせて欲しい”と重ねて申し入れをして来た為、止むを得ずその時間を「9時半頃より」と回答しました。
心配していた通り2月22日 9時頃より各テレビ放送の報道係員が三々五々来園し、仮レオポン舎附近に約20名程集まり、早くも撮影や取材を開始しました。この様な状況の下に於いて次の通り作業を進めました。
1. レオポンを最初に収容することが親獣の収容を容易 ならしめると判断し、10時にレオポン2頭を寝室に誘導しました。
2. 飼育人並川重蔵及び西村嘉三の両名が寝室に入ってレオポンを1頭宛捕まえ、隣りの猿の寝室(空室)に仮収容しました。
3. 次ぎに親獣の内1頭を収容する為鉄扉を開いた処、母獣ライオンが寝室に入ってきました。
4. 仮レオポン舎は狭小にて現有の猛獣運搬用鉄檻では使用不可能の為、運搬用木檻(添付図1参照)を予め新調し、これを寝室鉄扉に密着安定させ飼育人を配置しました。次ぎに運搬用木檻扉の閉鎖テストを行ない、完全なることを確認してライオンの収容準備を完了しました。
5. 前記作業中も報道関係者は盛んにライトを照らし撮影機の砲列を敷いて取材して居りました為、ライオンが次第に昂奮して来ました。そこで強力に報道関係者の退去を求めライオンの安静を待ちましたが、一時的には退去しても再三引き返し取材を続けますので遂に板囲いを以って関係者を遮断致しました。
ライオンの気持ちの静まるのを待ち作業を再開すべく待機中、隣りの寝室に仮収容してあるレオポンの鳴き声をきいてか、猛烈な勢いで運搬檻に突入 し、勢い余って運搬檻の上部を頭部で突き破りましたので、飼育係主任以下7名が協力し、その破損箇所 を両手で押えましたが力及ばずはねのけられ、ライオンは別図の通り脱出致しました。時に10時20分。
6. かねて猛獣脱出時の訓練の要領に基づき、直ちに係員と園内放送により入園客(当時推定4~50名)を 最寄りの建物に誘導、退避させると共に、仮レオポン舎周辺の入園客一部を即刻園外に避難させました。次いで隣接鳴尾中学校には電話連絡で生徒を校舎内に退避を求めると同時に、園内放送機により近隣人家の人々に警告する一方、地元甲子園警察署に急報し応援を要請致しました。
7. 脱出したライオンは脱出直後キリン舎裏まで突走り、石炭殻捨場附近で約30分ばかり右往左往して居りました。この間全従業員を各要所に配置しライオンの行動と昂奮状態の観察、並びに警戒を行なうと共に、ライオンを無事に仮レオポン舎に誘導する為取り敢えず次ぎの様な対策を講じました。
(イ) 10時25分頃、甲子園警察署より機動隊が到着したので、園外脱出を防止する為、キリン舎北側の道路、並びに鳴尾中学校々庭に警官及びパトロール・カーの配置と一般通行止めを依頼しました。
(ロ) ライオンを仮レオポン告に誘導する為、レオポンを再び運動場に戻し、寝室の鉄扉を遠方より操作する為ローブを取り付け、室内並びに寝室入口附近に麻薬入りの肉片をまくと共に、寝室内にも
釣り餌を仕掛けました。




(ハ) 園内通路遮断用金網及び丸太、針金等の材料集めに着手しました。
(ニ) 一方園内各建物に避難中の入園客をパトロール|・カーに依頼して園外に退避させました。
8. 10時50分頃、ライオンはキリン舎裏より仮レオポン舎に向って引き返してきましたが、報道関係者等の喧噪と接近を恐れて、仮レオボン舎に戻らず虎舎附近まで移動し、再び仮レオポン舎の正面へ帰り、レオポンを気遣って檻の中へ入ろうとしている様子が見受けられました。その間にアシカ池裏の通路、並びに植込みを金網で遮断しました。
11時頃、地元西宮猟友会員の到着と同時に警戒配置を依頼すると共に、パトロール・カーを仮レオポン舎前附近の中央通路に配置し、中央通路以西に移動するのを防止致しました。
更にライオンを安静にさせる為、折からつめかけた報道関係者の現場付近からの退去を数十回に亘り要請すると共に、警察側からも警告して貰いました。この間に飛来した飛行機の爆音によりライオンは昂奮し中央通路に向ってきました。
9. 11時20分頃、報道関係者は依然として喧噪を極め目つ、ライオンに接近しようとするので、ライオンは南に移動、熊、虎舎前を通過し南下の気配を示した為、パトロール・カーをアシカ池北側に移動、遮断しました。そこでライオンは虎舎東南隅に移り座り込みました。
遮断作業を容易ならしめる為、更にパトロール・カーを前進させ、ライオンを釘付けにしながら11時 25分頃、小獣舎の裏中央付近を金網で遮断し北側への移動防止に努めました。引続き中央通路への脱出防止の為、仮レオポン舎前よりあしか池に至る間を漁網、金網、ベンチ、板等をもって12時10分頃完全に遮断しました。
12時15分頃より動力灌水ポンプをもってライオンに放水しつつ、仮レオポン舎方面に追い出し、龍舎裏側を金網で遮断して更に包囲網を圧縮しました。
続いて13時15分、龍舎表側と藤棚間を金網にて遮断、遂に包囲網を完成致しました。
龍舎及び中学校々庭の二方面より交互の放水により、ライオンは仮レオポン舎裏口へ接近し、数回に亘り寝室通路に出入しましたが、入ろうとしなかったので、最後に駈けつけた地元消防署員の応援により両方面より強力な同時放水を実施した処、ライオンはたまりかねて遂に13時45分、寝室に入ったので、すかさず遠方操作により鉄扉を閉ざしました。
脱出してから実に3時間と25分、全員必死の包囲作業が効を奏して弦に仮レオポン舎への収容を完了 したのであります。
如上の通り脱出ライオンを事無く収檻し得ました事は誠に不幸中の幸いというほかなく、これを振り返って考えると、その時々の情況に応じての処置が適切であったと信じますが、特に次ぎに述べる諸点が結果的には成功の鍵であつたと思い、御参考までに列挙致します。
1. 警察のパトロール・カーを活用し脱出獣の行動範囲を制限、圧縮し得たこと。
2. 消防署の応援を得て強力な放水集中により獣舎に追い込みをかけたこと。
3. 漁網を使用し包囲網を迅速に完成し、行動範囲を圧縮し得たこと。
4. 日頃の訓練により猛獣を刺載することなく、且つ係員が常に沈着冷静に、協力一致園長の統一指揮の下に処置をなし得たこと。
5. 警察署、消防署よりの派遣係官が園の意向に沿って極めて極力的であったこと。
事故の原因
事故惹起の原因を検討した結果
1. 運搬用木檻の構造(添付図1)の中、天井板の取付方法に欠陥があったのではないか。
2. 運搬檻に移す場合のテレビ放送関係者の取材申し込みを(他の面で相当のマイナスになろうとも)拒絶すべきであったこと。
3. テレビ放送関係者の取材態度によってライオンが異常の昂奮を来たし、その上レオポンの鳴き声を聞いた為か、逆上状態となって運搬檻に突入し、想像以上の強い力で天井板に突き当ったこと。
等を事故発生の原因と思料致します。
に入る。
今後の対策
弊園の今後の対策として
1. 今後動物の移動作業は一切、営業時間前に施行し、移動檻は可能な限り鉄檻を使用する。(止むを得ず木製檻を使用する場合は厳重に補強する)
2. 前記作業中は出来得る限り係員以外の現場への立入りを禁止する。
3. 前記作業前には万一の場合に備えて地域を限定し、金網棚を仮設、動物の行動範囲を制限する。 4. 包囲網の圧縮と、係員の被害防止の為、移動用金網楯を整備する。
5. 動物(特に猛獣類)の園外脱出を防止するため全外「側を完全な鉄製外柵にする。
6. 下記、弊園猛獣運搬移動作業実施要項案に基づき随時、積極的に従業員の訓練を行なう。
等、この種事故の絶滅を期して居ります。
甲子園動植物園
猛獣運搬移動作業実施要項
(昭和35年3月制定)
Ⅰ猛獣運搬移動作業時刻
原則として閉園時間中に実施するものとする。
Ⅱ事前の作業計画
1. 運搬艦の検討
予め運搬移動しようとする猛獣に対して使用運搬の強度が耐えるか、獣舎との相互のとりあわせの関係は良いか、開閉扉は円滑に操作が出来るか等詳細に点検し、使用に適するものである事を確認した上で使用檻としての許可を得ること。
2. 運搬檻の据付け計画と実施
運投檻の使用を認められた後、事前に獣舎と運搬檻の据付け出入口相互の密着度合、両檻相互の固定及び運搬檻の据付けの安定を厳重に実地研究し、安全な作業の出来る様計画しておくこと。尚、これに基いて移檻実施迄に据付けの完了をしておくこと。
3. 脱走防止限界観の設置計画と実施
取扱い上の不充分から万一運搬檻より猛獣が脱出する様な事態となったとしても、これが直ちに事故とならない様にする為、該獣舎の最寄り附近に金網又は魚網にて園内脱走の防止柵を設け不時に備えるものとする。この場合従業員の一時的避難方法、脱出動物の収容方法については別途に充分対策を構じおくこと。
4. 作業手順一覧表の作成と作業実施
予めあらゆる角度から最も安全且つ確実にして然る迅速に移動を完了する為事前に運搬移動作業の手順表を作成し管理者に説明承認を得た上、作業担当従業員に詳細説明し充分納得させること。(尚これが実施に当っては、この手順表の順序に従って忠実に履行するものとし、例外的な状態が発生し手順の変更を余議なくされた場合には管理者と充分打合せし作業員に周知徹底させた後変更計画手順に基き作業を実施するものとする)。
5. 警備計画
前項3の事態発生により猛獣が脱出してもこれが直ちに事故とならない様にする為、別表の通り警備人員配置表を作成し、これを予め管理者に説明し承認を受けた後各作業員に配置の指令をなすと共に任務内容を説明し納得させること。
6. 用具の手配
運搬移動に必要な用具類は予め研究整備しおくこと。
7. 運搬路その他の整備
運搬檻の進行をスムースにすると共に檻の動揺、震動、音響等を削減するため道板敷き、人上棚、樹木等の障外物除去、地均しその他の整備を事前に完了しおくこと。
Ⅲ 作 業 の実施
総指揮者(園長)
総ての運搬移動作業の指揮監督に当る。
指揮者補佐(副園長)
総指揮者の任務遂行を補佐すると共に予め人員配置表警備計画表等を作成し、これを基として適切な運用により運搬移動作業を迅速円滑に推進すること。
連絡渉外班(班長庶務担当責任者)
1. 事前作業
イ、移檻班長、整備兼警備搬送班長と事前計画実施に当って必要とする機材、その他総ての入手手続、連絡、引渡しの作業を担当する
ロ、所轄警察署には事前に猛獣運搬移動の通知をなし諒解協力を求めおくこと。
2. 当日作業の実施
イ、万一猛獣脱出の緊急事態を惹起した時、即刻場内放送、社内報告その他必要な連絡先に速報すること。
ロ、前項の事態の発生した際には警察官の協力を求めて正門入口の警備を厳重にし、関係者以外 の入園を堅く遮断すること。
ハ、緊急事態の発生に備えて責任者又は班員1名 は必ず総指揮者又は指揮者補作の近くに待期し万一の速報に備えること。
避難誘尊班
万一猛獣脱出等の緊急事態発生した時は・即刻警察官、写真報道人、動物園遊園地関係者等直接作業員以外の在園者を最寄り建物内に一時避難のため誘道すること。
救護班
1. 事前作業
負傷者の生じた場合を考慮してタンカ、医薬品、衛生材料等を事前に整備しおくこと。
2. 当日作業の実施
負傷その他に備え男子要員は猛獣運搬移動作業現場附近に救急箱を携行し待期するものとし、待期中は警備班に協力して警戒の任に当るものとする。
移檻班
1. 事前作業
イ、運搬檻の検討及び据付け計画、作業手順一覧表の作成並に上記の説明をなし総指揮者の承認を受けおくこと。
ロ、当日作業迄に運搬檻の据付けを完了しおくか、又は当日据付の場合には充分準備万端を整 え閉園時間内に完了する様計画しおくこと。
ハ、当日作業の手順を作業員全部に周知徹底させておくこと。
2. 当日作業の実施
イ、移檻作業の人員を適所に配置し、健康状態、心理的状態、服装、用具、携帯具等細部に至るまで点検を行うこと。
ロ、当日運搬檻の据付け状況の再確認、移動々物の状態観察、作業員個々の作業手順周知の再確
認を行うこと。
ハ、総指揮者の指令によって作業を開始する、この場合各班に連絡すること。(作業中は全力をこれに傾注し、いささかの咀嚼をも来さない様細心の注意を以て当てること)
ニ、応援者の必要あれば人員確保し無理しないこと。
ホ、移檻作業開始とともに作業手順の通りに指示を与えつつ、その進行状況に応じて適切な指導 をなし、例外的な状態が発生した場合独断にて手順の変更実施をしないこと。(Ⅱの4参照) へ、万一不幸にして運搬檻より猛獣脱出等緊急事態発生した時は速かに総指揮者の判断を仰ぎ直ちに獣舎復帰の対策を構ずること。
整備班
1. 事前作業
イ、脱走防止限界柵の設置計画と実施、運搬檻の通路整備その他運搬時の障害となる物件の撤去整備を計画し承認を得た上当日までに実施しおくこと。
ロ、当日作業に必要なる用具その他を整備しおくこと。
2. 当日作業の実施
イ、当日の整備作業完了後は警備搬送班の任務に服すること。
ロ、運搬移動作業終了後は速かに所定の通り原状に復旧させること、この場合警備搬送班の応援を得て施行すること。
警備並に搬送班
1. 当日作業の実施
イ、警備搬送作業従事員の人員、健康状態、服装、用具、携帯具等の点検をなしおくこと。
ロ、移動々物が運搬檻に収容できたと云う連絡を受けた時は直ちに移送作業を担当(出来るだけ移動々物に衝激や音響を与えない様に留意しつつ) 搬送すること。
ハ、万一不幸にして猛獣脱出のあった場合には移檻班と協力して動物を獣舎に復帰させ収容すること。尚この場合猛獣が脱走防止限界柵を乗り越えない様各員は配置部署にあって全力を挙げて乗越え防止に努めなければならない。
ニ、運搬移送作業が終了すれば速かに整備班に協力して後片付けを行い原状に復旧すること。