スーティーマンガベイのクリプトコッカス症の1例

発行年・号

1978-20-01

文献名

飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(A Case of Cryptococcosis in Sooty Mangabey, Cercocebus torquatus atys Takashi Miyake, Tomoko Ueda, Yumiko Matsuura (Shizuoka Municipal Nihondaira Zoo) )

所 属

静岡市立日本平動物園

執筆者

三宅 隆,上田智子,松浦由美子

ページ

4~6

本 文

広島市安佐動スーティーマンガベイのクリプトコッカス症の1例(1978.4.19受付)
静岡市立日本平動物園 三宅 隆,上田智子,松浦由美子
A Case of Cryptococcosis in Sooty Mangabey,
Cercocebus torquatus atys
Takashi Miyake, Tomoko Ueda, Yumiko
Matsuura (Shizuoka Municipal Nihondaira Zoo)
クリプトコッカス症(Cryptococcosis以下C症と略す)は Cryptococcus neoformans と呼ばれる無芽胞・無菌系の分芽菌によって起る人及び動物の真菌症である.本菌は世界各地に広く分布しており,その症例報告も種々みられる.我国では,人及び猫の報告が見られるが,野生動物についての報告は見られない.最近我々は,1976年9月より飼育中であった雄のスーティマンガベーにおいて,C症によって死亡したと思われる症例に遭遇したので,その状況について報告する.
症例
スーティマンガベー雄 推定年齢:3才
体重:2.5kg
来園月日:1976年9月17日
既往歴:特記すべきことなし
現病歴:1977年7月11日右前肢をかばう動作が,同月20日頃より左後肢に跛行を認めたが,それ以外外見上及び元気・食欲に著変は認められなかった.その後経過は徐々に進行し,9月15日左後肢の跛行が顕著になり,寝室に移動する際,ジャンプすることができずよじ登るように入室するようになった.また右肘関節部が腫脹し,くの字に彎曲し屈伸が不能であるように思われた.さらに顔面に軽度の浮腫が観察され,病状を明確にする為に病院に入院させ,前後肢のレントゲン検査及び血液検査を施行した.
レントゲン所見
左大腿骨の両骨端は粗鬆化し,その部を被い包むように腫瘤が認められた.右肘関節部の上腕骨骨端にも左大腿骨骨端同様,骨は粗鬆化しその周囲に腫瘤を認めた.しかし寛骨脛骨・暁骨骨端部には著変は認められなかった.
血液所見
表.1に示すごとく,著変は認められなかった.
肘関節腫脹部において外傷が認められ,波動を呈していた為,穿刺を行なったが,漀液の貯溜は認められなかった.この頃より元気食欲が減退し,9月20日捕獲の際ショックを起し,チック・眼球振盪などの脳神経症状が見られ,目は完全に失明している様子であった.その後の経過は,悪化の一途 をたどり9月23日餌をロの所に持って行かなければ食べなくなり,瞳孔は散大し,やや斜頸しているように観察された.翌日には,脱力感が顕著に現われ,元気・食欲は消失し,9月25日再び脳神経症状が見られ,同日夕刻保温器に収容し保温に努めたが翌朝9月26日すでに死亡していた.
剖検所見
死後推定7時間で剖検を施行し,その結果を以下に記した.
体格は小で,皮下脂肪は見られず栄養不良であった.肺は左右共形態に異常は認められなかったが,全葉にわたりゴマ粒大暗赤色斑点が散在していた.気管支壁に粘稠物が付着していた.
大腿骨両骨端に柔軟性に富む橙黄色の腫瘤が認められその腫瘤の大きさは,股関節部で3.6×2.4cm,膝関節部では2.4×1.9cmであった.また大腿骨骨端はもろく容易に破壊され,含気骨の様相を呈しており,一部血性浸潤が認められた.さらに肘関節部上腕骨骨端付近にも大腿骨同様,柔軟性に富む橙黄色の2.4×1.2cmの腫瘤が認められた.脳において,図1に示された部分に,やや硬い橙黄色のクルミ大腫瘤を認めた.
また他の臓器に著変は認められなかった.
表1 血液所見(RABA使用)
組織学的所見
図1 脳内の腫瘤部
図2 肺:間質性肺炎像を呈している(×100)
図3 大脳:クリプトコッカス菌の集塊と淡明な結合
織の増生が認められる(×100)
図4 大脳:組織球の遊走と噴食像が認められる(×400)
肺:局所的に肺胞内および間質に出血が認められ,肺胞壁は好中球の浸潤により肥厚し間質には結合織の増生が見られた.出血部周辺の肺胞は代償性に気腫を起していた.また全体的に無色円形の小体が多数散在していた(図2).
大脳:軟膜はいたる所で剥脱し無色円形の小体が多数認められた.大脳組織内に結節が認められ結節中には多数無色円形の小体が散在し,PAS染色によって膜は赤染され分芽が認められた.また分断された神経組織と伴に,若干の結合織の増生および血管新生が認められた(図3).さらに結節中には,多数の組織球が遊走し,組織球による喰食像が認められた(図4).大脳組織は結節によって辺緑部に圧迫されており,大脳溝が境界線となり健康部との境界は明瞭であった.
延髄および小脳:軟膜はいたる所で剥脱し無色の円形小体が集塊を形成していた.皮質および髄質に異常は認められなかった.
骨:骨膜に沿って,無色の円形小体が多数散在していた.またこれは骨髄中にも浸潤し,骨髄腔に無色の円形小体が認められ,一部結節を形成し,骨梁の欠如が認められた(図5).結節中には線維芽細胞,線維が見られ線差化が行なわれていた.骨を取り巻いていた腫瘤中には,無色の円形小体が集塊をなし,組織球の遊走及び噴食像が認められた.またこの腫瘤を包むように陳旧化し た肉芽組織の増生が著明に認められた.
図5 骨:結節中には多数のクリプトコッカス菌が認められ骨梁が欠如している(x100)
考察
動物におけるC症の報告例は種々みられるが,そのほとんどが牛・犬・猫のものであり野生動物については,数種2)3)6)7)の報告がみられる.そのうち猿については2報告みられ,Barron(1955)1)によれば,Takes and Eltonがパナマで2例のマーモセットにおける全身性C症を経験している.もう1報告は,Garner(1969)3)らによるアカゲザル及びタイワンザルにおける脳及び脳膜炎の報告である.
今回我々が遭遇した1例は,遺憾ながら菌の分離は行なっていないが,円形の分芽菌であり,PAS染色に好色するので,これらの形態・染色性からしてC.neofor-mansが強く疑われ,C症と考えられた.成書5)及び石田(1958)4)の総説によれば,C菌は,脳膜及び脳に強い親和性を有し,原発病巣は肺であるが,感染初期においては何んら自覚症状を示さず,感染が血行性に脳膜・脳あるいは全身性に蔓延して初めて,重篤な症状を呈しこの時点ではすでに予後不良であるとしている.本例も肺に陳旧巣が認められ,原発病巣と思われるが,呼吸器症状は見られなかった.また通常肺の病変は,Garner3)らの報告にも示されているように,結節を形成する場合が多いが,本例では結節は形成されていなかった.これは肺にC菌が侵入した極めて初期に,より親和性の強い脳に迅速に侵入した為,結節を形成しなかったと推測される.
通常C菌は経口感染し,脳及び脳膜以外の好発部位は呼吸器・消化器及びそれに近接する部位であり,骨に侵入することはまれであるとされている.従って骨にC菌が侵入した報告は少なく,犬・猫でみられ,両者とも鼻 ・肺・顔面骨などに病巣が認められ,鼻気道からの感染を示唆している.しかし本例の場合,消化器などに異常を認めなかった.また臨床症状から見て,前・後肢の異常が最初に認められ,この時点ですでに上腕骨・大腿骨にC菌が侵入していたと考えられる.この上腕骨及び大腿骨の病巣と肺及び脳の病巣とは,直接的因果関係は認められない.従って,消化器系及びそれに近接する肝・ 脾に病巣が認められなかったことと伴に,骨に病巣を形成したこと,特に上腕骨・大腿骨に大きな結節を形成したことは,たいへん興味深い.また末期において失明を疑わせる様相であった.Garner3)らの報告にもタイワンザルにおいて失明が観察され,視神経乳頭付近の網膜に結節が認められている.今回眼球について検討を行なっていないが,本例にも臨床症状から見て視神経乳頭あるいは網膜に病巣が存在していた可能性を否定できない.
C症の病理組織学的特徴は,細胞反応に乏しく,組織球の反応が主体をなすことである.本例では脳において組織球の遊走と噴食反応が認められ,リンパ球などの遊走は認められず,リンパ球などの遊走が顕著に認められたGarner3)らの報告に比し,猿のC症としてはより典型的な病巣であるように思われる.また脳にこのような組織学的所見が見られた場合,石田4)によれば,急性型であるとされている.本例の場合,脳において若干の結合織の増生が認められたことと,先に記した肺の所見を合せて考慮するならば亜急性な例であろうと推測される
C菌は土壌が自然棲息場所であるが,鳥類特に鳩の糞中でよく増殖するとされている.山本ら(1957)8)による鳥類の糞中検索報告では鳩の糞中に極めて高率に検出されている.ヒトの場合かかる鳥類との接触がある者に発症することが多いとされ,動物においても鳩との関連は注視されている.本動物園においても,鳩は多数飛来しており,鳩との関連について検討を加えなければならない.今回発症したスーティマンガベーの飼育獣舎は,他の獣舎に比し,鳩の飛来数は決して多くはない.また飛来数の著しく多い獣舎において, C症に罹患したと思われる動物は,未だ見られない.従ってたとえ鳩の糞が感染源であるにしても,ヒトの場合について言われるように,合併症などの特殊な内因的要素に影響され,発症したように思われる.しかし外界からの侵入によって感染が成立することは疑を容れない以上,鳩を含めた鳥類について菌検索を行ない,その防禦措置が今後の課題となるように思われる.
総括
本例は前肢の屈伸不能・跛行,末期には脳神経症状を主訴とし,レントゲン所見などにより右肘関節部・左股
関節,膝関節部に腫瘤を認め,病理組織学的検索によりC症が疑われた.またC菌と思われる菌が,この他脳・脳膜及び肺にも認められた.
稿を終わるにあたり,病理組織標本の作製ならびに組織学的所見の御指導をしていただいた静岡市立病院臨床検査科長伊藤忠弘先生に感謝いたします.
引用文献
1)Barron, C.N. (195):Cryptococcosis in Animals,J. Amer. Vet. Med. Ass, 127,125-131
2)Boliger, A., and Finckh, E.S. (1962):The prevalence of Cryptococcosis in the Koala, Med. J. Austral., 49,14, 545―547
3)Garner, F.M., Ford, D. F., and Ross, M.A. (1969): Systemic Cryptococcosis in 2 Monkeys.J. Amer. Vet. Med. Ass, 155, 7, 1163-1168
4)石田葵一(1976):クリプトコッカス症(上),獣畜新報, 228, 365-368.
5)波岡茂郎,大島慧(1976):家畜感染症(上), 医歯薬出版,東京
6)Trautwein. G, and Nielsen, S, W.(1962): Cryptococcosis in 2 Cats, a Dog, and a Mink. J. Amer. Vet. Med. Ass., 140, 1, 437-442