資料 過去50年間に三津水族館において飼育された小型鯨類

発行年・号

1978-20-04

文献名

資料 過去50年間に三津水族館において飼育された小型鯨類
(Small Cetaceans Kept at Mito Aquarium for Fifty Years since 1930. Masayuki Nakajima, Jisaku Hanajima and Jiro Yamada (Izu Mito Sea Paradise) )

所 属

伊豆三津シーパラダイス

執筆者

中島将行, 花島治作, 山田二郎

ページ

75~78

本 文

資料
過去50年間に三津水族館において飼育された小型鯨類 (1979.4.29受付)
伊豆三津シーパラダイス, 中島将行, 花島治作, 山田二郎
Small Cetaceans Kept at Mito Aquarium for Fifty Years since 1930.
Masayuki Nakajima, Jisaku Hanajima and Jiro Yamada (Izu Mito Sea Paradise)
三津水族館は伊豆半島西海岸に在って,昭和5年から小型鯨類を飼育している.昭和52年に改築され,現在の名称は伊豆三津シーパラダイスである.
Table1. Capture and tranasportation,1930-1978. This chart was prepaired on March 31, 1979.
Fig.1 Birds eye view of the Izu Mito Sea
Paradise
D:Dolphin's cove
P: Show pool on the land
A: Fishes aquarium
U : Uchiura Bay, a part of Suruga Bay
種類と頭数
昭和5年から現在までの50年間に三津に搬入飼育された小型鯨類はTable 1に示すように,計4科8種220頭で殆どが歯鯨亜目のイルカ類であるが,他に,ひげ鯨亜目のコイワシクジラ(ミンククジラ)Balaenoptera acutorostrataが含まれている.イルカ類はバンドウイルカ Tursiops gilliが128頭で58%を占め,ハナゴンドウGrampus griseus 35頭,16%.スジイルカStenella caeruleoalba 23頭,10%.カマイルカLagenorhynchus obliquidens12頭.シワハイルカSteno bredanensis 13頭がそれぞれ5~6%.コイワシクジラ,ゴンドウクジラGlobicephala(macrorhyncha)sp.アラリイルカ Stenella attenuataは各3頭で1%余りの少数である.
捕獲地と輸送方法
1.飼育鯨類の捕獲地は主にイルカの追い込み漁で知られる伊豆半島西海岸の安良里,東海岸の川奈と富戸である.古くは三津近辺でも重寺,古宇,戸田などでコイワシクジラ,カマイルカなどが捕獲され,近年でも水族館のすぐ側でシワハイルカ1頭(S48.4.24,♀,235cm,8ヵ月生存,胎児♂,94cm)と,バンドウイルカの子1頭(S50.2.27,♂,220cm,4日生存)が生け捕りされた.
2.輸送は当日か1~2週間現地蓄養後に実施された.方法は漁船にデッキ積みする船輸送が多く,通算37回中26回がこの方法であった.それは同じ西伊豆沿岸の安良里などの場合,積みおろしが便利で,運航の所要時間も少なく,大体3時間以内であったからである.反対に東海岸の川奈,富戸の場合は,陸路のトラック輸送の方が簡便迅速であった為にこの方法がとられた.船の場合1隻当り数頭から10数頭を積み,1回2隻ぐらいで,トラックでは2-3頭を1台に積み,2-3台で輸送した.古い頃は莚,布団,藁など,近頃ではマットレスなどをクッションに敷き,イルカや大きなゴンドウクジラでもそれを横向きかまたは腹違いとし,毛布などで体を被い,水をかけながら運んだ.途中,状態をよく観察し,気温,水温そして体温, 呼吸数,心拍数を測り,場合により呼吸中枢興奮剤,精神神経平衡剤.抗生剤の注射を行うなどした.コイワシクジラの場合は2艘の漁船による中吊り方式で,網に絡めたコイワシクジラを船の間に挟み,吊るようにして実行した.時間は捕獲場所(淡島の定置網)が近かったので数10分しかかからなかった.
飼育期間と死因
1.飼育中死亡した鯨類の生存期間は第2表に示すように,種別ではバンドウイルカ106頭が1日~12年3ヵ月,平均では約2年.カマイルカは12頭中10頭が2年5ヵ月,2頭は7年と8年6ヵ月生存した.シワハイルカ13頭は1ヵ月~5年9ヵ月で,多くのものが6~9ヵ月で死に,残った1頭の5年9ヵ月は日本での最長記録である(後述).コイワシクジラ3頭の生存期間は2週間~3ヵ月であった.但し,3頭目の個体は38日目に逃亡した(後述).ゴンドウクジラ全3頭は3ヵ月間サバを摂餌して生きた.ハナゴンドウ35頭は2日~2ヵ月間生きたが,多くは1ヵ月ほどで死亡した.三津で飼育したハナゴンドウが短命であったのは2回目の30頭という大量の船輸送が,ちょうど時化となり,その悪条件が影響したものと思われた.スジイルカ23頭は1~3日ほどの生存で,殆どが夜間の搬入時に網に突進して絡まりショック死した.アラリイルカ3頭は搬入時数分にして死亡したが,これは前からその飼育場にいたバンドウイルカに攻撃され,額または岸壁に激突した為であった.
昭和54年3月現在,飼育中のバンドウイルカ22頭(他に新生児1頭)の生存期間は4ヵ月~13年5ヵ月(S41.10.25搬入,♀)である.
Table 2.Period in captivity of the animals that dead,1930-1978.
And the number of the living dolphins, at present, as of March 31,1979.
2.死因はここ数年の剖検例によると,肺炎,肺の膿瘍などの呼吸器系疾患が多く,次に消化器系の肝炎,胃潰瘍,胃内異物があり,胃の真菌症(カンジタ症,バンドウイルカ,S51.10.27-53.5.6,♂,220cm)も認められた.他には皮膚,骨などの疾病があった.
昭和28年3月捕獲のカマイルカ12頭は近くの小海から好条件で搬入されたので全頭が健在であったが,3年目の夏,約1カ月の間に10頭が急死した.死亡時の状況から判断して豚丹毒菌による感染症と思われたが,病原菌の感染経路は他の報告例1)と同じく,やはり餌からの食物感染によるものと考えられた.当時も餌は主にサバであったが,冷凍ものではなく生餌を使っていた.
Table 3. Birth records of dolphins at Mito Aquarium.
繁殖状況
三津水族館におけるイルカの出産例はTable.3に示してあるが,昭和35年5月から同53年6月までの間にほぼ毎年1~2頭の出産があり,バンドウイルカ16頭,シワハイルカ1頭の計17頭で,正産10例,流産または死産が7例である.正産の比率は59%となる.時期的には5~10月の初夏から秋にかけて正産があり,11~2月の冬には出産が無く,3~5月の主に春には出産があっても流産または死産であった.これは他の水族館の例2)と同じ傾向にあると思われた.
新生児が生存した期間は10分~2年1ヵ月で,多くは3~14日,平均5日であった.
バンドウイルカの新生児1頭(S53.6.14,♀,130-135cm)は順調に成育し,6ヵ月後に摂餌を開始したがこの児の出産時刻は午後0時43分で,右下側の体位で尾が見え始めてから1時間後であった.後産は4時間後の4時48分に出てすぐ沈むのを見て拾収した.
Fig. 2 The first minke whale kept at Mito Aquarium in 1938.
コイワシクジラの飼育
今までに世界の水族館などで飼育展示されたひげ鯨は日本の三津水族館の,コイワシクジラとアメリカSan Diegoの Sea worldのコククジラ3)4)だけである.
三津水族館ではコイワシクジラを昭和13,29,30年に1頭ずつ3回飼育した.
Kimura(Osumi)&Nemoto5)は主に三津の3頭目の個体について報告しているが,西脇6),Slijper7),大村8),Michell9)なども三津のコイワシクジラについて特記している.
飼育経過については,1頭目は体長7mほどで,性別は不明.
3カ月にわたる生存の間には馴れて,バケツから流し込まれたカタクチイワシを口をあけて呑み込んだとのことである.
この個体の捕獲年時については入手した写真の日付けから昭和13年とした.
2頭目は昭和29年5月に捕れた幼体で,2週間後に死亡した.
3頭目は同30年11月26日に捕獲,飼育されていたが,38日目の翌31年1月2日早朝に海との仕切り網を破って逃げた.体長約7m,性別は不明.約1,200㎡の飼育場(Fig.1参照)をゆっくりと一周するのに,1・2回尾をあおる程度であった.期間中カタクチイワシ,サバなどの餌を与えたが摂餌せず,飼育場にいた小サバの群にも関心を示さなかった(昼間の観察).また,搬入時から一緒にいた2頭のカマイルカや逃亡数日前新たに搬入された3頭のバンドウイルカとも斗争のような状況は見られなかった.当時,新聞社のカメラマン2名が水中で撮影したが,その時もコイワシクジラの行動には別に変りは無かった.
シワハイルカの飼育
日本におけるシワハイルカの捕獲例はあまり無いが,三津へは昭和40年9月安良里と同47年6月川奈での捕獲 時に,他の数ヵ所の水族館への輸送と共に6頭ずつ2回計12頭が搬入された.他に三津地元での捕獲1例がある(前述).
日本で飼育されたシワハイルカの生存期間は割合に短かく,数ヵ月~数年である.これはシワハイルカが比較的温暖海域の種類であることから10),飼育下では冬期水温の低下が生理的に影響するのであろうと考えられる.長期飼育例ではよく温度管理された鴨川シーワールドの最高が4年5カ月であった11).
三津の場合は加温プールが無く,シワハイルカたちは自然のままの飼育場でバンドウイルカと一緒に飼われて いたが,昭和40年10月5日搬入の6頭は1~3ヵ月,同47年7月4日搬入の6頭中5頭は1ヵ月~1年10ヵ月で死亡した.残った1頭は昭和53年3月31日まで5年8カ月26日間生存した.現在この記録は日本では最も長く,しかも飼育条件が冬期寒冷の自然環境のままであったことが特筆に値しよう.
三津水族館における昭和44年から5年間の測温資料では,夏季の最高気温32.6~35.0°C,最高水温27.9~31.2°C,冬季の最低気温-3.0~2.3°C,最低水温9.0~15.0°Cであった.
Fig.3 The last rough toothed dolphin performing with four bottlenosed dolphins.
飼育中の観察では初年度の冬には皮膚がひどく荒れて,び乱そして痂皮状となり,食欲が低下し,遊泳が鈍 くなるなどの様子が見られた.しかし,2-3年と経過するに従って次第に皮膚が荒れなくなり,3年目の冬には肌は殆ど平常の滑らかさを保ち,生活にも支障はないように思われた.このシワハイルカはバンドウイルカたちと同じ場所で飼育され,平素快活に行動し,よく人に馴れ,2年目頃からバンドゥイルカ7・8頭が一斉にする集団ジャンプを同時に真似するなどしてショーも行っていた(写真参照).また昭和48年8月14日の午後4時15分に尾を先にして1子を分娩したが,子(♀,87cm 8.9kg)はすぐに沈んでしまい,死産であった.
その後,昭和51年冬頃から時々食欲不振,動作不活発になったのでその都度サルファ剤,抗生剤,副腎皮質ホルモン製剤,栄養剤などを投与した.昭和53年3月半頃から不調の状態が続き,同月31日早朝に死亡が確認された(死体沈下).
体長230cm,体重110kg,脳重1,570gであった.
主な剖検所見は胃内異物,胃潰瘍,肝炎であった.胃内異物は第1胃と第2胃にまで夏ミカンやレモンの割れたもの,ビニール袋などが多量につまっていた.
現在日本にシワハイルカは飼育されていない.
要約
1)三津水族館(現・伊豆三津シーパラダイス)において昭和5年から50年間に飼育された小型鯨類は計4科8種220頭であるが,イルカ類7種とひげ鯨類のコイワシクジラ(ミンククジラ)1種である.
2)捕獲地は主に伊豆半島西海岸の安良里,東海岸の川奈,富戸であるが,三津近辺数ヵ所からも搬入された.
3)輸送は西伊豆では船,東伊豆ではトラックで実施された.
4)飼育鯨類の生存期間は数分~12年3ヵ月で,多くは半年~2年であった.昭和54年3月現在飼育中のバンドウイルカ22頭(他に新生児1頭)は4ヵ月~13年5ヵ月生存している.
5)死因は呼吸器系疾患が主で,消化器系疾患がこれに次ぐ.
6)出産は昭和35~53年の間に17例あり,正産10例,流産と死産7例であった.新生児の生存期間は10分~2年1ヵ月で,多くは5日間であった.1例は現在生育中である(S53.6.14生).
7)コイワシクジラの飼育例は世界で三津水族館だけで,1回1頭ずつ3回の記録がある.
8)シワハイルカの生存期間5年9ヵ月は日本ではもっとも長く,また本例は冬期寒冷な自然環境での飼育であった.
引用文献
1.中島将行,滝川 厳(1961):小型鯨類の豚丹毒感染症の流行例,動水誌,3,3,69–73
2.──────(1962):小型歯鯨類の出産について,動水誌,4, 1,13-18
3.大隅清治(1971):大型鯨類の飼育を成功させよう鯨研通信,242,85–90
4.Brown,J.E.(1972):This is Sea World,39-43,Sea world,San Diego
5.Kimura(Osumi),S.& Nemoto,T.(1656):Note on a minke whale kept alive in aquarium,181–187,Sci. Rep. whales Res. Inst.,11.
6.西脇昌治(1954):鯨のからだ,194-195,同和春秋社,東京
7.Slijper,E.J.(1962):Whales,179-181,367–376.Hutchinson, London
8.大村秀雄(1974):鯨の生態,51–54,78,共立出版,東京
9.Michell, E., special editor.(1975): Review of smaller cetacea, Identity and status of species and stocks, 889-945,J. of Fish. Res. Board of Canada, 32, 7.
10.西脇昌治(1965):鯨類・鰭脚類,212-221,東大出版会,東京
11.鳥羽山照夫(1978):私信
SUMMAPY
Two hundred and twenty individuals of eight species in the four families of the small cetaceans were kept at the Mito Aquarium, enlarged as the Izu Mito Sea Paradise in 1977, during the fifty years since 1930.
The cetaceans, mostly bottlenosed dolphins, Tursiops gilli, were mainly captured on both sides of the Izu Peninsula and were transported by fishing boats and trucks.
The period of captivity for the cetaceans ranged from a few minutes to thirteen years. At present, as of March, 1979, twenty two bottlenosed dolphins are now in captivity.
There were seventeen dolphin births, including ten cases of abortions or postmortem deliveries.
The Mito Aquarium has the record as the only place in the world that has had the minke whales, Balaenoptera acutorostrata, in captivity as often as three times, one whale each time.
A rough-toothed dolphin, Steno bredanensis, was kept for five years and nine months under natural conditions at the Mito Aquarium. This is the longest period in captivity for a rough-toothed dolphin in Japan.