鹹水性白点病について(第1報)
発行年・号
1959-01-01
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(On the white spot disease of marine fishes in the aquarium.)
所 属
市立下関水族館
執筆者
岡本仁氏,橋本 礒
ページ
14〜17
本 文
広島市安佐動鹹水性白点病について(第1報)
市立下関水族館
岡本仁氏 橋本 礒
On the white spot disease of marine fishes in the aquarium.
Hitoshi Okamoto and Iwao Hashimoto
(Shimonoseki Munisipal Aquarium.)
I 緒 言
水族館に於て飼育されている海水魚類の魚病の中で、最も被害の大きいものは白点病であると思われる。しかしこの鹹水性の白点病が1936年四竈安正氏により、新舞子水族館で始めて観察、研究されて以来20数年を経過しているにも拘らず、依然この魚病に対して極め手となるべき対策が樹立されていない様に思われる。当館に於て1958年6月よりこれが大規模に発生し、その被害は甚大を極め、以前小康を保った時期もあるが、本年に至るまで各所に発生し終焉の徴は見られない。そこでこれが対策について研究を行っているが、現在までに判明した2、3の知見について報告する。尚本文を草するにあたり水産講習所教授松井魁博士に種々御指導をいただいた。ここに記して厚く感謝の意を表する。
第1図 向日平均水温と斃死魚の日変化(7~8月)
Ⅱ 白点病発生の状況
当館では1956年11月に開館以来、約1ヶ年間は白点病の発生はみなかった。所が1957年秋頃より2、3の定った水槽で、而もマツカサウオ、キンチャクダイ、ハコフグにのみ白点病が発生したが、発生水槽及び魚種が限定されていた為、大きな被害はなかつた。所が1958年4月中旬水温19℃の頃ウミタナゴにも発生し、その後しばらくして、7月中旬水温27℃に達した頃より急激に蔓延し、第1図に示す如く被害は甚大で全斃死魚の70%近くを占めるに至った。それ以後水温の低下に従って罹病魚は減少し、8月下旬水温27℃を割る頃より発病から斃死までの日数は長くなり、極端な被害はなくなったが、罹病魚は依然跡をたたず、現在に至っている。この間罹病しなかったのは板鰓類、甲殻類、軟体類、ゴンズイ、メジナ及び無足類のみで他の殆どの魚種は罹病し、フグ類、ベラ類、アイゴ、イシダイ、ブリ、マダイは特に罹病しやすく、被害も大きかった。尚同じ魚種でも水槽にて長期間飼育されたものは、採集後直ちに水槽に入れたものに比して発病し難く、発病しても斃死までの日数が長いように思われた。
第2図 カワハギ胸鰭粘液中に寄生する病原絵毛虫×160
第3図 アイゴ鰓把中に寄生する病原微毛虫×160
Ⅲ 病原虫の寄生状況
7月下旬(水温28℃)病魚のでた水槽に健全なカワハギ、ウマヅラハギを放養して罹病の経過を調べた。これによると入槽後2日目に、体表に僅に肉眼で認められる白点が現れ、その後徐々に判然とした白点が鰭、体表に認められる様になり、5日目には総ての魚が罹病していた。発病より斃死までの時間は魚種により差異があるが、水温27~29℃では大体3~7日で斃死する。病原虫の体における寄生個所は鰓、皮膚鰭及び眼と一定しており、表皮と表に下組織との縫合部に寄生している。病原虫が鰓に寄生した場合は外見上認め難いが、酸素量が不足している様な行動をし、魚にとっては他の各部位に寄生した場合より更に致命的である。罹病魚の患部を切りとって顕ビ鏡により観察してみると、病原虫は表皮直下を活発に動き、組織内を穿孔し喰害している。(第2~4図)喰害された後はトンネルの様な跡が残っている。
表皮と表皮下組織との縫合部はこの様にして段々喰害され表皮が剥脱されて下部組織の充出血を誘発する様になる。(第5回)尚筋肉、内臓、体腔中には病原虫の喰害した形跡は認められない。水温27~2℃では、病原虫は、罹病斃死後3~5時間を経過すると大部分水中に游出し去るが、肉眼的には喰害した跡が、未だ病原虫が寄生している様に見える。
第4回 トラフグ鰓把中に寄生する病原繊毛虫 ×25
第5回 ヒガンフグ腹鰭中を穿孔して喰害する病原線毛虫 ×45
第6回 病原微毛虫、右は小個体いずれも成虫(ヒガンフグより) ×300
第7図 同上仔虫(孵化後1~2日) ×400
第8図 病原微毛虫の魚体に圧する時の種々の体形 ×55
Ⅳ 病原虫の形態
本病原虫は淡水魚に発生するIchthyophthirivs multitfilitsに酷似している。体形は多数の繊毛を有し内質はコロイド状で、核、食胞及び体の前端に口部が認められる。(第6、7)宿主に寄生している時は活発に変形して、第8図の様に種々の形になるが、基本形は卵円形である。罹病魚より得られた101個体の成虫の大きさは、最大長経494μ短408μ最少長63μ短経39μで平均は、246μ×190μであった。又Cyst游出後の仔虫20個体では、最大長経67μ短経33μ最少長径33μ短経15μ平均長経51μ短経20μであった。(第9図)
第9図 病原虫の大きさ
Ⅴ 館内に於ける病原虫の分布
当館は循環式を採用しているが単独循環設備は有していない。この為ある水槽に白点病が発生すれば全水槽に蔓延するのではないかと思われたが、実際には白点病の発生する水槽は大体定っており、他の水槽に非常に白点病が発生している時にも、全然発生しない水槽もある。そこで続発している水槽と、発生しない水槽、濾過槽等における病原虫の存在の有無を調べた。まず発生している水槽と発生していない水槽及び濾過槽の表面と表面より約20cm下の各個所より約15ℓの敷砂及び炉砂をとり、約10ℓの海水にてよく洗滌し、この海水をよく攪拌してこの中より240ccをとって、電動遠心分離器にて3000/分回転で15分間処理後、沈澱した浮泥から約1cc宛数回を検鏡して病原虫の量を調べた。この結果は第1表で示す様に白点病の続発する水槽には明かに多数の病原虫が認められるに反し発生しない水槽では病原虫の存在は僅少である。又濾過槽の表面に比し中層では病原虫の存在は少ない。次に貯水槽及び白点病の発生しない水槽の海水約15ℓ宛を前と同じ方法で調査した結果いずれも病原虫は僅少であった。
第1表 館内における病原虫の分布
Ⅵ 病原虫に対する薬品の効果
次に病原虫駆除の目的で2、3の薬品による病原虫への効果を調べた。使用した病原虫のうち成虫は罹病魚の患部を切りとり、又仔虫は前述の病原虫の分布の際えられた仔虫を使用した。この結果は第2表に示す通りである。尚この実験実施中の水温は27~29℃で、致死時間とは検鏡の結果、病原虫が完全に繊毛運動を停止した時間の平均値をもって示した。
第2表 病原虫に対する薬品の効果
(致死時間を示し単位はすべて分)
Ⅰ マーキュロクローム、
Ⅱ フォルマリン
Ⅲ 氷醋酸
Ⅳ メチーレンブルー
1 マーキュロクローム
致死限界は、仔、成虫共に1/2000である。1/2000で斃死するものも認められるが、多くは弱り乍らも繊毛運動を続けている。1/50~1/2000では致死時間も短く速効的である。
2 フォルマリン
非常に効果的で1/500~1/5000では数分で死滅する。致死限界は成虫で1/5000仔虫で1/7000である。
3氷醋酸
1/500~1/1000の比較的濃い溶液では速効的で致死限界は存、成虫共1/2000である。1/250~1/700では特に効果的である。
4 メチーレンブルー
鹹水性白点病の場合には相当の効果がある様に思われるが越水性白点病の場合1/300~1/500の濃厚な溶液でもあまり効果はなく、特に成虫は1/50でも斃死しない。
5殺菌燈
マツダ殺菌ランプGL15を使用してシャーレに病原虫を入れ照射した場合、シャーレの水深1cm、殺菌燈からの距離40cmでは、2時間で病原虫は斃死するが、水深1mになれば効果は認められない。
Ⅶ 摘要
(1) 下関水族館では開館後約1ヶ年を経過した1957年秋頃より海水魚に白点病が発生し、以後現在に至るまで終焉の徴がない。発生魚種は板鰓類、無足類、メジナ、ゴンズイを除く他の殆んどである。尚甲殻類、軟体類には発生していない。
(2) 健康な芸を白点病の発生している水槽に入れた場合、水温28℃では2日目位には病原虫の寄生が肉眼でも認められる様になり3~7日で斃死する。
(3) 本病原虫は淡水魚に寄生するIchthyophthirios multifilitsと酷似し、大きさは成虫の平均246μ×190μ仔虫の平均51μ×20μであった。
(4) 当館は循環式を採用しているにも拘らず本病による被害が甚大な場合でも、全然被害のない水槽があり、前者の水槽には多数の病原虫が認められるも、後者には殆ど認められない。又濾過槽の表面より下部の方が病原虫は少ない。
(5) 本病原虫にはフォルマリン及びマーキュロクロームが最も効果があり、淡水性白点病に効果があるメチーレンブルーは殆ど効果が認められない。
参考文献
(1) 藤田経信;1937 魚病学 厚生閣
(2) 四竈安正;1938 鹹水性白点病について(予報)水産学会報 Vol 7 No.3
(3) 中原菅太郎、今井真彦、出田正信 縮水性白点病の駆除について(予報) 1958 第2回水族館技術者研究会における研究発表、日本動物園水族館協会
(4) Wiliam T.Innes:since 1932 Aquarium Highlight.L.H.D.