多摩動物公園におけるチンパンジーの妊娠,育児,子供の成長に関する資料
発行年・号
1985-27-03
文献名
飼育下グラントシマウマの発情日数と発情周期
(The Data of Pregnancy, Nursing and Growth of Chimpanzees,
Pan troglodytes, at Tama Zoological Park
Koichiro Yoshihara (Tama Zoological Park, Tokyo)
)
所 属
東京都多摩動物公園
執筆者
吉原 耕一郎
ページ
46~47
本 文
広島市安佐動多摩動物公園におけるチンパンジーの妊娠,育児,子供の成長に関する資料
東京都多摩動物公園 吉原 耕一郎
The Data of Pregnancy, Nursing and Growth of Chimpanzees,
Pan troglodytes, at Tama Zoological Park
Koichiro Yoshihara (Tama Zoological Park, Tokyo)
近年,チンパンジーの繁殖は日本各地の動物園や研究所などで多く見られるようになった.しかし,その妊娠や育児に関するデータで成文化されたものは少ない.
多摩動物公園では過去15年間にチンパンジーの出産を23回(表1)も記録しており,これに関するデータは参考資料として大いに役立つと考えられたので飼育日誌等に記録されたものを集計,整理して報告する.
初潮年令および月経周期
当園の事例では最も早く初潮を迎えた個体は7歳4カ月,最も遅かった個体が9歳8ヵ月で平均8歳3ヵ月であった.しかし,生理が始まったからといってすぐに交尾や妊娠に結びつく訳ではない.陰部が腫脹して交尾可能に見えてもオスが相手をしないのである.こうした若いメスの行動を観察すると,どこか幼なさが残っており,オスから見ると性行動の対象にならないのであろう.当園における初産時の平均年齢が11歳6ヵ月というデータがこのことをよく示している(表2).
表1 多摩動物公園のチンパンジーの繁殖状況
表2 初潮年令, 妊娠期間および出産間隔
妊娠中の母体の変化
飼育日誌に記載された妊娠に関する記事の中から妊娠に伴なう母体の変化のうちの主なものを表4に示す.
受胎した後でも性皮の腫脹がそれまでの性周期に連続して起こる個体が多い.しかし,それまでの排卵を伴なう時ほどの性皮がパンパンになるような腫脹ではない.にもかかわらず交尾がまれに観察されることがある.個体によっては生み月まで交尾をすることもある.
この母体の変化の中で特徴的なことは妊娠6ヵ月目(3ヵ月前)当りから摂水量と排尿量が非常に増加することである.したがって寝部屋に給水設備のない場合など夜間の水分補給に注意を払ってやる必要がある.そうしないと自分の尿を飲んでしまうからである.次に出産の4~6時間前に陰部より少量の出血が見られることである.これは出産時刻をあらかじめ知るうえでのよい目安となる.
表3 月経周期(調査期間1983年1月-1985年1月)
表4 妊娠中の母体の変化
表5 胎盤および臍帯の計測値 (cm,g)
胎盤,臍帯および哺乳確認までの時間チンパンジーは出産後に胎盤や臍帯を食べるケースは少なく,後産を食べるのは全出産の25%といわれる.当園の場合,23例とも血液や羊水は舐めたりしたが胎盤や臍帯は食べなかった.
当園では臍帯の切断は飼育係の手によってなされている.回収した後産のうち形状のしっかりしたものについて計測した結果を表5に示す.
表6は,新生児が最初の哺乳を確認した時間等の集計である.
子供の体重の変化
当園では母親が哺育しているために子供の体重を定期的に測定することはできない.したがって,図1に示したグラフは一個体の成長を追ったものではなく,保定したときに測定した複数の個体の体重で画かれている.これは,母親が哺育した場合の子供の平均的な成長を知る目安となる.
歯の萌出順序
歯の萌出順序とその年齢を表7に示す.このデータも成長曲線と同様に複数の個体から得られたものである.犬歯と第一後臼歯の萌出状態が年齢推定の大きな決め手となる.
子の成長に伴う母子の行動の変化
表8は過去15年間に記載された母子の行動のうち子供の成長に関する記録を整理して作製したものである.
各行動とも子供によって成長の度合にかなりのばらつきが見られる.これは子供の個体差に起因するものと,母親の性格や群れの中における母親の順位に起因するものとがあると思われる.また,同じ母親でも第一子と第二子以降では子育の慣れの差も出ていると考えられる.
月別出産数とその割合
出産月を調べたのが表9である.4月と11月に出産例がないが,どの月も有意な差はなく,季節的なかたよりは見られなかった.
表6 哺乳確認までの時間
表7 歯の萌出順序(〇:歯肉がふくらむ ●:萌出)
図1 子供の体重の変化(誕生~2年6ヶ月)
おわりに
ここに報告した資料は基本的には過去の飼育日誌に記載された事例をピックアップしたものである.過去に23回もの出産例があり,そのうち20頭の子供が無事に成長しているにもかかわらず,資料として出てきた例数があまりにも少な過ぎることを痛感した.
飼育日誌を読み返しながら,飼育日誌の重要性を改めて感じるとともに,もう少しきめこまかに観察し記載すべきだったと大いに反省させられた.
(1985年1月31日原稿受付)
表8 子供の成長に伴う母子の行動の変化
表9 月別出産数とその割合