飼育下におけるニホンカモシカの性行動の観察

発行年・号

1989-31-03

文献名

飼育下におけるニホンカモシカの性行動の観察
(An Observation of Rutting Behavior of Japanese Serow in Captivity Koki Kanomata (Yagiyama Zoo, Sendai) )

所 属

仙台市八木山動物公園

執筆者

鹿股幸喜

ページ

67~69

本 文

飼育下におけるニホンカモシカの性行動の観察
仙台市八木山動物公園 鹿股幸喜
An Observation of Rutting Behavior of Japanese Serow in Captivity
Koki Kanomata (Yagiyama Zoo, Sendai)
ニホンカモシカ(Capricornis crispus),以下カモシカと記す)の求愛行動や交尾行動に関する報告は多い1)5)3)8)12)13)15)16)17).しかし,野外での調査は,その殆どが望遠鏡による観察に基づくため,鳴き声や交尾行動についての詳細な報告はみられない.
今回,当園で飼育されているカモシカのうち雌2頭にほぼ同時に発情が出現したので,雄を同居させ求愛行動と交尾行動を近距離から詳しく観察することができた.
以下,その結果を報告する.
供試個体と観察方法
1 供試個体
雄は年齢3才3カ月で,富山県風土記の丘カモシカ園で生まれ,当園には1983年11月15日に来園した.雌Aは年齢12才6カ月で,1973年5月11日に秋田県より当園に運ばれ,保護収容された.雌Bは年齢9才6ヵ月で1976年5月29日に岩手県より運ばれ,保護収容された.雌A,Bとも人工哺育されたのでよく馴れており,筆者が近くによって触れたり尾を持ち上げて生殖器を見たりすることも可能であった.これら3頭は性行動の観察開始までは図1に示す園内飼育場(雄484㎡,雌A506㎡,雌B880㎡)に個別に飼育された.飼料は根菜類(ニンジン,サツマイモ,ジャガイモ)とヘイキューブを1日2回午前と午後の一定時刻に給与した.
2 観察方法
観察は,1985年11月19日,13時から15時25分までの2時間25分行った.雌ABの両者に発情が認められた時点で,雄と雌B間の入り口扉を開放し,また雄と雌A間の金網を取り外し,これら3頭が自由に往来できるようにした(図1),筆者は雌Aの放飼場に入り,約2mの距離から肉眼で,雌一雌間および雄一雌間の行動について観察した.
結果と考察
1. 発情中の雌個体が2頭同居した場合の行動
雌A, Bの両者に発情時特有の鳴く,尾を振る,粘液を排出する等の徴候が見られた6),13時に,前述のように飼育場の境界の一部を開放し,雄を加えた3頭が自由に往来できるようにした.その結果,最初に見られたのは雌A,B間の触れ合いで, 13時から14時10分までの1時間10分表1に示す行動を続けた.最初,雌Bは雄の放飼場を経由して雌Aの放飼場に侵入したが,異性には全く関心を示さなかった.侵入後は雌Aの寝小屋付近の臭いをかぎ,さらに休息中の雌Aに近寄って顔の臭いをかいだ,次いで雌Aの後尾にまわり,尻部(陰部近く)の臭いをかいでフレーメンを発現した(図2).その後,放飼場内を落ち着きなく歩行しながら,雌Aが以前パイプにこすりつけていた眼下腺の臭いをかいだのち,自分の眼下腺を同じ場所にこすりつけた.更に,歩行しながら雌Aの排ふんの臭いをかぎ続けて,2回のフレーメンを行った.フレーメン終了後は雌Aの所に再び戻り,尻部(陰部近く)の臭いをかぎ続けてさらに3回のフレーメンを行った.次いで放飼場に排尿し,自分の尿の臭いをかいで再びフレーメンを行った.しかし,乗駕行動は示さず,14時10分,雌Aの横に休息した.
一般にフレーメンは雄に見られることが多いが,今回の調査で雌が雌の尻部(陰部近く)の臭いをかいだり,またふんの臭いや自分の尿の臭いをかいでもフレーメンを発現することがわかった.このことは,カモシカの性行動に関与する嗅嗅覚経由の情報が広範な材料から集められていることを示唆している.今回の雌A,Bの行動では,雌Bの能動的な行動が目だったのに反し,雌Aは受動的で何ら雌Bに対して反応を起さなかった.これは,両個体間の発情の時期的な差または強弱が関係したのではないかと考える.
2.発情中の雌2頭に雄を同居させた場合の性行動
雄は14時15分に雌Bの放飼場に侵入したのち,寝小屋付近の臭いをかいだり,放飼場を歩行したり,雌Bの排尿後の臭いをかいでフレーメンを行った.行動の内容は表2のとおりである.雌2頭が同居中の雌Aの放飼場に侵入したのは14時25分で,執拗に寝小屋付近の臭いをかいだ,その時,雌Bは休息中の雌Aの背部を蹴っていた.雄が雌A,Bを見つけて近寄ると,雌Bはすばやく小屋のすみに逃げて休息した.雄は雌Bに何ら関心を示さず,休息中の雌Aに近づき,両前肢で背部を執拗に蹴って起こそうとした.雌Aが起立すると,顔や後軀を両前肢で蹴り始めた.雄が雌Aを選択した原因として,雌Bが発情初日であったのに対し,雌Aは2日目で発情のピークにあったためではないかと考えられる.しかし,雄が雌を選択する場合の誘引刺激が主として嗅覚によるのか,視覚によるのか,あるいは相性によるのか,明らかでなかった.雌Aはいたたまれず,寝小屋から放飼場に追い出された.雄は逃げる雌Aを執拗に追いかけ,乗駕行動を試みようとした.逃げる雌は向きを変え,頭を下げて角つき合いの攻撃態勢を繰り返した.雄は首を伸ばして反り返る動作をし,雌Aは次第に落ち着きを取り戻した.結局雄は雌の後尾にまわり離れようとしなかった.乗駕行動に入る前は,執拗に両前肢を用いて雌Aの 両後肢や背部などを何回も蹴った(図3).時には空振りもみられた.このようなカモシカの行動は,飼育下では伊藤5),高橋12),滝澤13)が,野生のものについてはAkasaka1),浜3),増井7), Masui8)らも報告している.またムフロン10)やストーンシープ,アイベックス,野生化した家畜ヤギにも同様な報告がある2).これは,蹴ることによって雌の動きを抑制し,また自分の性行動を喚起しているものと考えられる.本観察では,蹴る際に尾を水平にし,小さな声でミーミーと甘えるような短音を発した.また交尾時にはミミーミミーと連続音を発 した.その時,雌は動かず尾を上に上げていた.
発情時には雌がメエー,メェーとかん高い声で鳴くが6),雄も鳴きながら雌に近づき,乗駕時や交尾時にも低い声で鳴くことが認められた.鳴く時,腹部の膨大化がみられた.ミュールジカの雄も求愛時に鳴くことが報告されている2).本観察では乗駕行動に入る際,雄は雌の外陰部に鼻を近づけて臭いをかぎ,フレーメンを行った.同様のことは,飼育下では伊藤5), 高橋12),滝澤13)が,野生のものについては浜3),増井7)らも報告している.また,ニホンジカやヤクシカでも同様な報告がなされている11)14)雄はフレーメンを行ったのち直ちに交尾を行ったが,発情時に雌の外陰部から排出された粘液(図4)も性行動を喚起したものと思われる.この粘液をスライドグラス上にとり,別のスライドグラスをその上にのせて3~4回大きく回転させると,粘液が硝子全面に付着しシダ状の結晶像が出現した(図5).
交尾は両前肢で雌の腹部をはさみつけるようにして行った(図6).また,交尾はくり返され,時には失敗もみられた.そのため,雌の後軀の大毛はすりきれた.交尾の途中に雌は排尿した.雄はその尿に鼻を近づけ臭いをかぎ,連続4回フレーメンを行った.このフレーメンの出現時鼻からフーという音が聞かれた.雄はフレーメンを行ったのち再度交尾を行ったが同様の報告はマウンテンシープでもみられている2).
哺乳動物の尿中にはリリーサーフェロモン様物質が含まれていることが知られているので10),発情時の雌カモシカの尿中にも同様な刺激物質が存在するものと考えられる.交尾回数は14時25分から15時25分までの1時間に39回観察され,1回の交尾時間は2.5~4.5秒と短いも のであった.このように雄による交尾行動には一連の行動パターンがみられた.すなわち,追いかけ行動から蹴りを行って交尾行動に入る場合と,外陰部に鼻を近づけて臭いをかぎ,フレーメンを行って交尾行動をとる場合が観察された.家畜のウシ,ヤギ, ヒツジにおいても同様の報告が知られている4).
表1.雌Aに対する雌Bの性行動観察時間(70分間)中の回数
表2.雌Aに対する雄の性行動観察時間(60分間)中の回数
図1供試カモシカの放飼場平面図
雄の乗鶴中に雌の尾を持ち上げてみたところ,射精のあとがみられ,粘性物質が一面に付着していた.また外陰部から排出している粘液を顕微鏡で調べたところ,精子が認められた(図7).この雌Aについては次回の予定日に発情がみられず, 妊娠したものと推測された.
図2 フレーメン
図3 蹴る
図4 雌の外陰部の粘液
図5 粘液の結晶像
図6 交尾
図7 精子
要約
仙台市八木山動物公園で個別に飼育中のニホンカモシカ雌2頭(A12才6ヵ月,B9才6ヵ月)に発情を認めたので同居を試み,雌一雌間の性行動を観察した.続いて,これら発情雌の中に侵入した雄を中心に,雄の選択性と交配行動を含む雄一雌間の性行動を調査した.
1)発情雌A,Bを1時間10分同居させた結果,雌Bには一貫して能動的な行動が,雌Aには受動的な行動がそれぞれ見られた.
2)能動的な雌Bは雌Aの尻部(陰部近く)の臭いをかいだり,ふんの臭いをかぎ,また自分の尿をかいでフレーメンを行ったが,雌ウシ間で見られるような乗駕行動は示さなかった.
3)発情中の雌2頭中に3才3カ月齢の雄を同居させたところ,雄は雌Bに全く関心を示さず,雌Aと性行動を行った.
4)雄の交尾行動には一連のパターンがみられた.すなわち,追いかけ行動から蹴りに入り,交尾を行った.また,雌の外陰部に鼻を近づけて臭いをかぎ,フレーメンを行ったのち,交尾をすることもあった.
5)交尾は,雄が両前肢で雌の腹部をはさみつけるようにして行った.
謝辞
終りに臨み懇篤なる指導と校閲の労をとられた東北大学農学部教授正木淳二博士に心から拝謝する.
引用文献
1)Akasaka, T. and N. Maruyama.(1977) :Social organization and habitat use of Japanese Serow in kasabori,哺動学誌,7(2),87-102.
2)Geist.V.今泉吉晴訳(1975):マウンテンシープ下,570pp.思索社.
3)浜昇(1976):日本カモシカの求愛および交尾について,哺動学誌,6(5-6),265~267.
4)Hafez,E.S.E(1975):The Behavior of Domestic Animals.114~115,Bailiere Tindall,London.
5)伊藤武吉(1971):ニホンカモシカの発情周期および妊娠期間について,哺動学誌,5(3),104~108.
6)鹿股幸喜,伊沢学(1982):ニホンカモシカめすの発情周期と徴候について.動水誌,24(3),35-37.
7)増井光子(1978):野生ニホンカモシカの求愛行動と交尾について.哺動学誌,7(3),155~157.
8)Masui, M.(1987):Social behaviour of Japanese Serow,Capriconis crispus.The Biology and Management of Capricornis and Related Mountain Antelopes 134~144,Croom Helm,New York.
9)増井光子,永井昭司(1979):ムフロンの社会行動について,動物と動物園,28,6-10.
10)正木淳二(1979):哺乳動物の繁殖とフェロモン.日畜学会東北支部,29,1-6.
11)三浦慎悟(1979):奈良公園におけるニホンシカの行動.社会学的研究,天然記念物奈良のシカ調査報告,43-64.
12)高橋鉄雄(1974):ニホンカモシカの飼育について.京都市動物園報告,20~21.
13)滝沢均(1985):グルーミング.富山市ファミリーパーク公社,1,13.
14)辻井弘忠,川瀬唱士(1987):放牧下におけるヤクシカ(Cerous nippon yakushimae)の性行動について.信州大学農学部紀要,24(1),95~102.
15)海川庄一(1966):ニホンカモシカの飼育状況について.ニホンカモシカの飼育年報,1~21,大町山岳博物館.
16)安井圀彦(1967):飼育下におけるニホンカモシカの観察.動水誌,9(4),115~118.
17)米田一彦(1976):野生のカモシカ,218pp,無明舎,秋田.
SummARY
Two rutting females (12.5yr and 9.5yr old) of Japanese serow (Capricornis crispus) were confined together in a cage at the Sendai Yagiyama Zoo. A young male (3.5 yr old) was put into the same paddock, and sexual behavior was observed.
1) The younger female was positive against the older in rutting behavior such as smelling face, vaginal part and orbital gland of the older female, and lip-curling (flehmen). No mounting was observed between the estrous females.
2) The young male showed rutting behavior only against the older female.
3) He chased her, kicked her at the legs and then mounted. He sometimes smelled her vaginal part and mounted after lip-curling.
4) At copulation, he held her belly by his front legs.