閉鎖循環系水槽におけるアマモの増殖について

発行年・号

1996-38-01

文献名

閉鎖循環系水槽におけるアマモの増殖について
(Propagation of Eelgrass,Zostera marina,in a Closed Circuit Aquarium)

所 属

名古屋港水族館

執筆者

春日井隆

ページ

8〜14

本 文

閉鎖循環系水槽におけるアマモの増殖について

春日井隆(名古屋港水族館)

Propagation of Eelgrass,Zostera marina,in a Closed Circuit Aquarium

Takashi Kasugai (Port of Nagoya Public Aquarium,Aichi)

名古屋港水族館では1992年10月末のオープン以来"藻場と生物"と題して常設展示でアマモZostera marinaの水槽内での育成に取り組んできた.1992年9月から1993年12月末までの約15カ月間,1993年12月末から1994年12月末までの12ヵ月間(継続中),アマモを植え替えずに展示でき,株数の増加が見られた.ここでは1994年の経過を育成条件を中心に報告する.なお本報告は第39回水族館技術者研究会において"アマモ場水槽の展示について"の題で発表した内容に基づくが,水質の資料などを加筆した.

材料及び方法

水槽及び循環系
展示水槽は底面積約2㎡,高さ約1mの長方形に半円がついたカマボコ型をしており,材質は繊維強化プラスチック(FRP)で観覧面にガラスがはめ込まれた水槽である.循環系は展示水槽及び濾過槽と貯水槽からなる閉鎖循環系で全水量は約3?である.濾材には砕石状にした大理石(粒径約5mm)とケイ砂(粒径約0.6mm)を容積の割合1:10で用いた.アマモを植え付ける底砂にはアマモを採取した愛知県常滑市地先の藻場から採取した砂泥を用いた.砂泥採取の際,大きな貝殻などを取り除くため目合い2mmの網でふるいをかけた.砂泥の色は灰褐色をしており,性状については調べていないが,粒径はかなり細かくシルト分が多く含まれていた.展示水槽底より高さ5cmの位置に塩化ビニル製のスノコを敷き,さらにその上にケイ砂(粒径約1mm)を厚さ3cmで敷き,更に採集した砂泥を12cmの厚さで展示水槽底に敷き詰めた.循環水の一部をスノコの下から吹き上げさせようとしたが,均一に吹き上がらなかったため,エアーリフトによる底面濾過やスノコの下に循環水を送るようなことはしなかった.循環水は展示水槽からオーバーフローで濾過層に行き,貯水層からポンプで展示水槽に戻る.濾過層から貯水層へ行く循環水の一部は濾過槽を通過せず貯水槽へオーバーフローさせた.貯水槽へオーバーフローする循環水の量は濾過槽の目づまりの程度により変化したが,およそ循環水量の1/3~1/2程度であった.濾過槽の管理としては目づまりがひどくなると表面を棒で引っ掻く程度で,逆洗や濾材の交換などは行わなかった.循環系の概略を図1に示す.


図1 循環系の概略図

育成条件
水温は新崎2)3),川崎ほか4)を参考に常時18℃なるよう熱交換器により調節した.海水の比重も新崎1)2)を参考に15℃換算比重で1.022となるよう水道水で調節した.光条件は光源にはメタルハライドランプ(MF400・L/BU-P,松下電器産業株式会社)の400Wのものを5灯用い,照度はWilliams andAdey12)がアマモと同じ海産顕花植物の1種であるリュウキュウスガモ属のThalassia Htestudinumの幼苗を水槽内で育成したときの光量子量を参考に水面で約20,000~25,000lux,水深85cmの水底で約7,000~9,000luxを保つようにランプの高さを調整した.照度の測定には水中でも使用できる照度計(デジタル照度計T-1M,ミノルタカメラ株式会社)を使用した,光周期は午前8時から午後8時までの明期12時間となるように調節した.展示水槽内には内径25mmのパイプから毎時約1.3?の循環水を給水した.これにより展示水槽内には特に大きな水流は起きず,給水孔近くの草体が揺れる程度で,大部分の草体はほとんど動いてはいなかった.展示水槽内には魚類,無脊椎動物を展示目的のため同時飼育した.当初,ハオコゼ(5),マナマコ(3),スガイ(2),コシダカガンガラ(2),スジェビ類(3)を展示水槽内に入れた.その後,アミメハギ,トゲアメフラシ,ホンヤドカリ,ユビナガホンヤドカリ,ニホンスナモグリなどの生物を加え,全体的な生物数量も増やしていった.実際の生物量の測定は特に行ってないが,水槽水量に比べるとかなり少ないものと思われる.表1に1994年12月1日時の飼育生物の種類及びそれぞれの点数を示す.他に展示水槽内には採取した砂泥の中に混入していた多数の多毛類を中心とする生物も生息していた.展示水槽内の特に壁面にはアマモ,砂泥などから混入したと思われるアオサ類,ハネモ類,シオグサ類,アオノリ類などの繁茂もみられた.
アマモの成長を促すための栄養分は特に添加せず展示水槽内に同居させた生物の餌としてアジ,イカ,エビ,アサリなどの混合ミンチをほぼ毎日3~5g投餌した.海水には黒潮本流域から運んだ天然海水を使用した,換水は8月,11月,12月にそれぞれ約1?を行い,人工海水(マイシー,株式会社ジャマリンラボラトリー)も使用した.アマモの採集及び株数の計測アマモは1993年12月31に愛知県常滑市地先の藻場から地下茎ごと採取し,海水を入れた容器に浮かべて運び,その日のうちに展示水槽内に63株植え付けた,植えてからの繁茂のようすを調べるためにアマモの株数を月に1~2回,目視により計測した.
水質の測定
水質は月に1度3態窒素,溶存酸素について測定した.測定はアンモニア態窒素はインドフェノール青吸光光度法,亜硝酸態窒素はナフチルエチレンジアミン吸光光度法,そして硝酸態窒素はブルシン吸光光度法を用いた,溶存酸素は照明を点灯してから6時間後の午後2時展示水槽中央部の1/2水深の場所から採水し,ウインクラー法で測定した.pHについては適宜測定した.


表1 展示水槽内で同時飼育した魚類,無脊椎動物(数字は1994年12月1日時の点数)

結 果

アマモ株数の変化
アマモ株数の変化を図2に示す,当初63株植えたアマモは5月頃まではほとんど増加しなかったが6月頃から増加し始め7月には約110株,11月には約170株まで増加した.また図3に繁茂の様子を比べるために観覧側からの展示水槽の写真(1994年1月1日と11月6日)を示す.
水質の変化
水質の変化を図4に示す.アンモニア態窒素は9月までは0.05mg-N/?以下であったが,11月に0.09mg-N/?になった,亜硝酸態窒素は0.007mg-N/?以下の低い値で安定していた.硝酸態窒素は1月,2月に0.75,0.70mg-N/?の値で検出されたが,その後は測定限界である0.50mg-N/?以下であった.溶存酸素は約7.4~8.4mg/?の値を示した.飽和量では約80~90%であった.pHは8以上であり9を越えることもあった.

図2 展示水槽におけるアマモの株数の変化

図3 観覧側からの展示水槽の写真(a.1994年1月1日b.1994年11月6日)

図4 水質(三態窒素濃度,溶存酸素,pH)の変化

考 察

水温は新崎2)3)が愛知県渥美半島の伊川津における調査でアマモ草体の成長には14から20℃が好適としていたことと,川崎ほか)が室内実験において草体の成長,株数の増加には15,20℃の区間が良好であったことを参考に18℃と設定した.Mukai et al 9),伊豆半島鍋田湾のアマモを陸上水槽に移植し春季から夏季の成長を調べた結果,水温16から20℃の5月に地上部の成長が最も活発であったと報告している.実際のアマモ場においても草体は一年を通してみられるが,葉状部は高水温期に枯死して流出する7).これらから水温を18℃に設定したことは草体の成長,株数の増加を目的とした本展示においては適当な水温であったと考えられる.
光源には強い光量を得るためにメタルハイドランプを用いた.照度についてはWilliams and Adey12)がThalassia testudinumの幼苗を水槽内で育成したときの水槽底における光量子量140~160μE/㎡/sを参考に1μE/㎡/s≒50lux5)の換算で8,000lux前後になるように調整した.石川ほか6)は神奈川県小田和湾における調査実験から得たアマモが群落を形成するに必要な最低日間水中光量を4E/㎡/day以上と報告している.今回のアマモの水槽内での育成では約5~7E/㎡/dayとなるので光量としては充分であったことが考えられる.ランプの性質について他のものを用いての比較検討は行っていない為,より育成に適したランプの選択は今後の課題である.比重についてはアマモが塩分の変化に対して幅広い耐性をもっているが11)新崎2)3)が発芽草体の成長に好適な塩分は塩素量が13~17%の範囲のが適しているとしているため,15℃換算比重で1.022(塩素量で16.5‰)と定めた.循環水の一部を濾過槽を通さずに貯水槽にオーバーフローさせた理由は水槽内で生態系を再現させるような水槽では従来の底面濾過や循環水をすべて通過させてしまう濾過槽を用いると水槽内生物の幼生期などのプランクトンやデトリタスを捕らえてしまい水槽内の正常な物質循環を妨げるという報告1)を参考にそのようにした.本報告の水槽もアマモ場という生態系を水槽内で再現させるものではあったが,水槽内の物質循環などについての調査は特に行わなかった.循環水の一部を濾過槽を通さなかった効果については今後の課題としている.
今回展示に用いたアマモは採集当日の海況が悪かったため,ほとんど地下茎ごと流失してしまっていたかなり状態の悪いものであった.当初植えた株の中でも草体の成長や,株の分枝が見られず,そのまま枯死してしまうものが観察された.そのため5月頃までは分枝していくものもあれば,根づかずに枯死していく株もあったため,全株数では変化が無いように見えたが,6月頃からは状態のよいものだけが残り順調に増加の傾向が見られた.
飼育水中のアンモニア態窒素濃度が11月に0.09mg-N/?の値で検出された.水槽壁面に付着した藻類が枯死して水槽内の有機物量が増加したためではないかと考えられる.硝酸態窒素濃度は,アマモや他の藻類がまだ繁茂していない1月,2月に0.75,0.70mg-N/?の値で検出されたが,その後は年間を通じて0.5mg-N/0以下と低い値であった.この理由としては,投餌量が少量であったこともあるが,アマモ及び水槽内に付着した他の藻類が成長する際,栄養源として吸収していたため増加することなく低い値に安定していたものと思われる.また,展示水槽の底砂の下に敷いたスノコに循環水を通したり,底面濾過をかけなかったことにより,水質が安定したことも考えられる.展示水槽の底砂は表面近くは黄褐色をしていたが,その下は灰黒色の還元状態となっていた.実際のアマモ場においても底砂は少し掘ると還元状態になっている.自然の底泥では表面の酸化層では有機物の分解,無機化が微生物および底生動物の呼吸(酸素呼吸)によって行われ,その結果酸素が消費される.その下の還元層では,微生物の嫌気呼吸や発酵により有機物は分解され,その結果硝酸は消失する(脱窒)10)本報告の展示水槽の底砂においても同じような機能が成立していたかどうかの調査は行っていないが,Jauberte 8)が報告した底質の硝化-脱窒作用によるバランスドアクアリウムにおいても本報告の展示水槽と同じように底質の下に循環水を送り込まない閉じこめられた水域(Confined water zone)を設けているため同様の作用が行われていたことは考えられる.アマモなどの海産顕花植物や海藻類を水槽内で育成することは展示効果をあげるだけでなく飼育水の浄化作用としても効果が高く,閉鎖循環系の水槽では換水間隔を長くすることが期待できる.しかし,生物に必要な飼育水中の微量な要素などの変動も考えられる.今後は飼育水中および底砂中の微量要素を含めた栄養分の補給なども考慮にいれ閉鎖循環系水槽における展示の長期化が課題として残された.
展示水槽内には,特に底面にケイソウ類,ランソウ類などが繁茂することがあり,これらがアマモの根本部分を中心に草体まで覆ってしまう.このことを防ぐ為にマナマコ,トゲアメフラシを水槽内に同居させ,これらの生物に食べさせることで効果をあげた.マナマコ,トゲアメフラシは水底や草体に付着したケイソウ,ランソウやアマモの枯死した草体などの有機物を砂泥と一緒に摂餌し,糞として排出する.マナマコ,トゲアメフラシに対しては特に餌を与えていなかったがほとんどの個体が大きく成長するのが観察された.入江5)も同様に,アマモの展示水槽において底面からアマモまで覆ってしまうランソウ類の対策として,ウミフクロウ,トゲアメフラシ,ナマコ類に食べさせることで解決したと報告している.マナマコ,トゲアメフラシはアマモを採集した藻場にも多数生息しており,付着藻類の除去だけでなくより自然な藻場の様子を見せることができ,展示としても効果があった.

要 約

展示水槽においてアマモの育成を試みた.アマモの育成には全水量約3?の閉鎖循環系の水槽を用いた.育成条件は光源にメタルハイドランプ(400W×5灯)を用いて明期12時間,水温18℃,15℃換算比重1.022で育成した,底砂にはアマモを採集した場所の砂泥を用いた.
愛知県常滑市のアマモ場で1993年12月31日に採集したアマモを63株植えた.1994年7月に約110株,11月に約170株に増加した.
水底などに付着するケイソウ類,ランソウ類の除去にはマナマコ,トゲアメフラシを展示水槽内で飼育し,摂餌させることにより効果をあげた.

謝 辞

本報告をまとめるにあたり,助言と校閲を受けた内田至館長をはじめ,展示への協力を得た名古屋港水族館飼育展示課の職員,特に水質の測定をお願いした斎藤菜穂子,佐野八重,小串輝の3氏には深く感謝します.

引用文献

1) Adey,W.H.and Loveland,K.,(1991):Dynamicaquaria:building living ecosystem 643pp.Academic,Press,Inc.
2) 新崎盛敏(1950b):アマモ,コアマモの生態(Ⅰ),日水誌,15:567-572.
3) 新崎盛敏(1950b):アマモ,コアマモの生態(Ⅱ),日水誌,16:70-76.
4) 川崎保夫,寺脇利信,飯塚貞二,後藤 弘,下茂 繁(1986):アマモへの温度の影響Ⅱ.栄養株の成長と有性生殖,電力中央研究所研究報告,23pp.
5) 入江正巳(1993):アマモの屋内展示について,動水誌,35(1):17.(第37回水族館技術者研Q究会発表要旨)
6) 石川雄介,川崎保夫,本田正樹,丸山泰樹,五十嵐由雄(1988):電源立地点の藻場造成技術の開発,第9報水中の光条件に基づくアマモ場造成限界深度の推定手法,電力中央研究報告 U88010,20pp.
7) 小河久朗(1988):藻場,In河口・沿岸域の生態学とエコテクノロジー:161-172,栗原康編.東海大学出版,東京.
8) Jaubert,J.,(1989):An integrated nitrifying-denitrifying biological system capable of purifying sea water in a closed circuit aquarium. Deuxieme Congres international d'Aquariologie (1988) Monaco.Bulletin de l'Institut oceeanograpHique,Monaco,no spe cial 5:101-106.
9) Mukai,H.,Aioi,K.,Koike,I.,Iizumi,H.,Ohtsu,M.and Hattori,A.,(1979):Growth and organic production of eelgrass (Zostera marina L.) in temperate waters of the Pacific cost Japan.I.Growth analysis in spring-summer.Aquat.Bot.,7:47-56.
10) 左山幹雄,栗原 康(1988):底泥の微生物の物質代謝,In河口・沿岸域の生態学とエコテクノロジー:32-42,栗原 康編 東海大学出版,東京.
11) 徳田 廣,大野正夫,小河久朗(1987):海藻資源増殖学354pp.緑書房,東京.
12) Williams,S.L.and Adey,W.H.,(1983):Thalassia testudinum Banks ex Konig seed ling success in a coral reef microcosm.Aquat.Bot.,16:181-188.

SUMMARY

A growth of eelgrass, Zostera marina, was examined in an aquarium. The tank had a closed circulation system.The total amount of water in this system was about 3 m".The eelgrass was cultured under constant 12 hour lighting with 5 metal halide lamps (400W), a temperature of 18℃ and specific gravity of 1.022 (??15).
Muddy sand from the same place as the eelgrass was spread on the bottom of the aquarium and the eelgrass was planted in it 63 eelgrass shoots collected from the Zostera zone just offshore at Tokoname City, Aichi Prefecture, were planted in the sand on December 31,1993.
This population of eelgrass increased to about 110 shoots on July,1994 and to 170 shoots on November,1994.
The sea cucumber Stichopus japonicus and the sea hare Bursatella leachii were kept in the same tank in order to control Chromophycota (diatoms) and Cyanophyta (blue green algae).
〔1995年7月31日受付,1995年12月14日受理〕

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