受精後約1年で放卵したトゲバネウミシダ
発行年・号
2004-45-03
文献名
受精後約1年で放卵したトゲバネウミシダ
(Spawing of Antedon serrata(Echinodermata:Crinoidea)about One year after Fertilization)
所 属
のとじま臨海公園水族館
執筆者
幸塚久典
ページ
81〜83
本 文
受精後約1年で放卵したトゲバネウミシダ
幸塚久典*
のとじま臨海公園水族館
Spawing of Antedon serrata(Echinodermata:Crinoidea)about
One year after Fertilization
Hisanori Kohtsuka
Notojima Aquarium,Ishikawa
ウミシダ類(棘皮動物門,海百合綱)の発生・成長に関する研究は,従来初期発生を扱ったものが多く,変態後の幼ウミシダ期以降の成長を扱ったものは比較的少ない,変態を終えた幼ウミシダ期以降の成長については,タイセイヨウヒメウミシダAntedon biida(Pennant)やトゲバネウミシダAntedon serrataA.H.Clark,トラフウミシダDecametra tigrina(A.H.Clark)などにおいて報告されているにすぎない(Carpenter,1866;幸塚,2001,2003;幸塚・中野,2003).
本稿では,幼ウミシダ期以降のトゲバネウミシダの成長について扱い,受精約1年後に卵巣内に熟卵を保有し,放卵により性成熟を確認したので報告する.
材料および方法
2001年5月16日,アクリル製水槽内(縦20×横20×高さ20cm)で飼育中のトゲバネウミシダが放卵し,受精卵を得た.その後,受精卵を腰高ガラスシャーレ内で飼育した.受精後15日目に底面や壁面に座着した幼体を飼育シャーレごとポリエチレン製の籠に収容し,七尾北湾海域に垂下(海面から深さ約3m)して,その後の成長を定期的に観察した.受精後282日目には生殖羽枝が著しく膨張した2個体の生殖羽枝の一部を切り取り,実体顕微鏡において雌雄の判別を行った.生存している2個体はともに雌であったため,受精卵を得ることを目的に,1.8回転/日の微量の自然海水流水方式の水槽(縦30×横30×高さ15cm)に移し,野外から採集してきた成熟したトゲバネウミシダ雄2個体,雌3個体と同居させた.収容時の水温は10.6℃,pHは8.0であった.
結果と考察
水槽内で受精・発生したトゲバネウミシダは,その後順調に変態・成長して受精後218日目には腕長が平均約50mmに達し,腕の基部付近の生殖羽枝がやや膨張しているのが認められた.受精後282日目には腕長が平均約62mmに達し,生殖羽枝は野外における成熟個体で見られるものと同様に著しく膨張していた(図1).以後は受精卵を得る目的で垂下場所から館内の水槽に移し,成熟個体と同居させて飼育を続けた.この個体の生殖羽枝内の生殖巣を光学顕微鏡で観察したところ.著しく膨張した1つの羽枝には約200粒の卵が存在し,完熟卵の直径は平均約160mm(100-180mm)であった(図2).今回の観察では本種の成熟個体は1つの生殖羽枝には直径約190mmの卵が約500粒以上が保有されていた(図3).受精後348日目には生殖羽枝の膨張は見出されず,水槽底面には多数の卵が確認された,他の個体の生殖羽枝は膨張していたことから,受精後348日目の個体が放卵したものと考えられた.放出された卵を発見した時に既に受精されていたため,おそらく放卵前後に放精も行われたものと思われる.この個体が放出した卵は,その後成長を続けたものの,座着初期で全個体死亡した.
ウミシダ類の性的成熟の最少期間に関しては,トゲバネウミシダの他に,Thomson(1865)によるヨーロッパ産タイセイヨウヒメウミシダが2年,Mladenov and Chia(1983)によるカナダ産Florometra serratissima(A.H.Clark)が1年,Rutoman andFishelson(1985)による紅海産Lamprometra klunzingeri(Hartlaub)がおよそ18ヵ月で成熟したという報告がある.また,Fell(1966)は南極産Promachocrinus kerquelensis(Carpenter)が10年で成熟すると推察している.
本研究に用いた2個体のトゲバネウミシダの場合,受精後約1年で放卵したことは前記カナダ産F.serratissimaの野外観察と同様に性的成熟に到達する最短期間であろう.本研究では雌による放卵しか認めておらず,雄も同様に1年で放精するかは現在のところ不明である.また,個体から得た受精卵は数日後,嚢胚期幼生として孵化したが,座着初期の幼生時に全個体が死亡したことから,放卵された卵は正常な状態の卵ではなかった可能性も否定できない.なお,本報告の放卵したトゲバネウミシダは受精後約2年8ヵ月目(2004年1月)でも生存している.
*現在:株式会社海中景観研究所Present address:Aqua scapeResearch Co.,Ltd.
図1 受精後282日目の個体.
著しく膨張した生殖羽枝をもつ.
図2 受精後282日目の個体の卵.
1本の生殖羽枝につき約200粒の卵が観察された.
図3自然海で採集された成熟個体の卵
1本の生殖羽枝につき約500粒以上の卵が観察された.
要 約
のとじま臨海公園水族館において,トゲバネウミシダの受精卵を得て,その後,幼体を籠に収容し海に垂下して観察を行い以下の知見を得た.
1)受精後282日目には腕長約62mmに達し,著しく膨張した生殖羽枝の中には1羽枝当たり約200粒の卵が観察された.しかし,生殖羽枝内の卵数は通常の成体個体の約半数であった.
2)受精後約1年で放卵したことが観察できた.受精後1年程度で成熟するウミシダ類はFlorometra serratissimaに次いで本種が2番目の報告である.
謝 辞
研究の機会を与えて頂いた,のとじま臨海公園水族館の伊藤勝昭館長・高橋稔彦前館長,有益なご助言および本稿の校閲を賜った大阪府清風高等学校・小郷一三先生に厚くお礼申し上げます.
引用文献
arpenter,W.B.(1866):Researches on the structure,physiology,and development of Antedon(Comatula, Lamk.)rosaceus.Part1.Phil.Trans.R.Soc.London,Ser.B,156,671-756+31-34pls.
Fell,H.B.(1966):Ecology of crinoids.In Physiology of Echinodermata(R.A.Boolootian,ed.),49-62.John Wiley,New York.
幸塚久典(2001):水槽内におけるトゲバネウミシダの放卵行動と卵・幼生の観察,動水誌,42(4):124-132.
幸塚久典(2003):トゲバネウミシダの成長にともなう触手および羽枝の形成順序,動水誌,44(3):59-64.
幸塚久典,中野裕昭(2003):能登島産イボアシウミシダ科トラフウミシダ(棘皮動物門:ウミユリ綱)の発生および成長過程,プランクトン学会・ベントス学会合同大会要旨集,161.
Mladenov,P.V.and Chia,F.S.(1983):Development,setling behavior,metamorphosis and pentacrinoid feeding and growth of the feather star Florometra serratissima.Mar.Biol.,73,309-323.
Rutoman,J.L.and Fishelson,L.(1985):Comparison of reproduction in the Red Sea feather
star Lamprometra klunzingeri(Hartlaub),Heterometra savignii(J.Müller) and Capillaster multiradiatus(Linnaeus).In Echinodermata:Proceedings of the Fifth International Echinoderm Conference(B,F.Keegan and B.D.S.O'Connor,eds.):195-201.Balkema,Rotterdam.
Thomson,C.W.(1865):On the embryology of the Echinodermata,Part 1,Nat.History Rev,395-415.
SUMMARY
The development of fertilized eggs of Antedon serrata at Notojima Aquarium.The larvae attached to a petri dish were raised in a basket under the sea.1)At 282 days after fertilization, the arms of juveniles reached 62mm in length and about two hundred eggs were seen in each swollen genital pinnule.The number of eggs was about half that of usually seen in adult individuals.
2)At 348 days after fertilization,the genital pinnules released their eggs and shrank. The eggs sank to the bottom.Therefore, sexual maturity was reached within a year in this case of Antedon serrata.
(2004年2月9日受付,2004年4月14日受理)
