動物園水族館雑誌文献

アジアゾウの妊娠経過と死産

発行年・号 2005-46-02
文献名 アジアゾウの妊娠経過と死産 (Pregnancy and stillbirth of an Asian elephant,Elephas maximus)
所属 神戸市立王子動物園
執筆者 島田幸宜,浜 夏樹,芦田雅尚,石川康司,松尾嘉則, 山田亜紀子,野田亜矢子,村田浩一,奥乃弘一郎
ページ 41〜49
本文 アジアゾウの妊娠経過と死産
島田幸宜,浜 夏樹,芦田雅尚,石川康司,松尾嘉則,
山田亜紀子,野田亜矢子*,村田浩一**,奥乃弘一郎
神戸市立王子動物園
Pregnancy and stillbirth of an Asian elephant,Elephas maximus
Yukiyoshi Shimada,Natsuki Hama,Masanao Ashida,Koji Ishikawa,Yoshinori Matsuo,
Akiko Yamada,Ayako Noda*,Koichi Murata**,Koichiro Okuno
Kobe Municipal OjiZoo,Hyogo

我が国におけるアジアゾウの分娩に関しては誌上報告がなく,アジアゾウの繁殖成功に必要な情報が極めて少ない.今回著者らは交尾から死産に至るまでの経緯を現場で可能な範囲内で詳細に観察し,その結果と海外の他報との比較検討をおこなったのでここに報告する.

材料および方法

対象動物と飼育方法
飼育個体 死産したメスアジアゾウ(以下ズゼ)を含む飼育個体の略歴を表1に示した.
飼育環境と飼育管理ズゼは来園直後からオス(以下マック)と同居した.当初,老メス(以下諏訪子)を放飼する約2時間と,ズゼのトレーニングを行う約30分間以外は放飼場(510㎡)か寝室内(44.4㎡)でマックとの同居をおこなった.しかし,1999年5月にズゼを含む飼育個体に原因不明の体調不良が認められたため,これ以降は体調や採餌状況をより正確に把握する目的で夜間は別々の寝室(マック:44.4㎡,ズゼ:39.0㎡)で飼育した.なおズゼと諏訪子は同居させなかった.
給餌 ズゼの1日の給餌内容は以下のとおりであった.この給餌内容は非妊娠期,妊娠期とも同じであった.南瓜5kg,ニンジン8kg,リンゴ2kg,バナナ2kg,青草30kg,乾草20kg,カシ(Quercus sp.)の葉付き枝2kg,竹3kg,食パン300g,MAZURI®ELEPHANTSUPPLEMENT(日本エスエルシー株式会社)500g,MAZURI®Vitamin ETPGS,20%Solution(日本エスエルシー株式会社)15㎖および食塩適量,CVカルシューム(島久薬品株式会社:乳酸カルシウム製剤)20g.
体計測 ズゼについて年に1度体重を測定し,月に1度体の各部位の計測を実施した.体の計測部位は肩高,腹囲,腹幅とした.
採血ズゼの妊娠診断および健康診断のため,1998年5月7日から同年8月13日までの期間は週1回,1999年3月18日および1999年9月4日から2003年12月末現在までは週1回採血を実施した.
妊娠診断
ホルモン測定 採血により得られた血清を用いて,1998年5月7日から同年8月13日までの週1回と1999年3月18日,2000年5月20日および2000年7月1日から2002年1月5日までの間の月1回,ラジオイムノアッセイ法による血中プロゲステロンの測定を株式会社ビー・エム・エルに依頼した.
超音波診断 2001年11月14日,Mochida SONOVISTA-MSCおよびMochida LUKETRON探触子3.5MHz(ともに持田製薬株式会社)を用い,ズゼの腹部から超音波検査を実施した.
胎児心拍の検出 2001年6月2日および同年7月14日,動物生体情報モニターCOLIN BP508V/VS(日本コーリン株式会社)を用いズゼの後腹部において胎仔の心拍の検出を試みた.また2001年7月28日,ドップラー胎児心拍検出器DP-10(アトム株式会社)を用い,ズゼの腹部から胎仔の心拍の検出を試みた.
ムストの判定 王子動物園ではムストの定義を,(1)側頭腺からの腺液の分泌,(2)頻尿(3)攻撃性の増大,(4)食欲の低下,(5)性行動の頻度の増大,の5項目の変化が全て認められることとした.

表1飼育個体一覧

*現在:広島市安佐動物公園Present address:Hiroshima cityAsaZoological Park,Hiroshima

**現在:日本大学生物資源学部Present address:Nihon University,Kanagawa

交尾から死産に至る経過

交尾の経緯
オスのムストマックの来園後からズゼが死産するまでにムストを示した期間は3回あった.ムストの間隔は,その中央日から起算すると121日(17.3週)および123日(17.6週)であった(表2).
雌雄間の性行動 マックのマウント行動はズゼの来園直後の1996年9月5日から認められ,初交尾は1999年7月24日(マック7歳,ズゼ9歳)に認められた.この時マックは来園後初ムスト期間中であった.2回目のムスト中の1999年11月と,ムスト期間でない2000年1月にも交尾が確認された.一方3回目のムスト期間中には交尾は確認されなかったが,2000年9月以降ムストの発現は認めないものの頻繁に交尾が確認されるようになった.確認された交尾日は表3のとおりであった.
交尾後の経緯
メスの体計測値の変化 初交尾が確認された1999年7月以降の腹幅と腹囲の変化を図1に示した.腹幅および腹囲は最大で各々25cm,64cmの増加が認められた.年1回の体重測定値と体重測定をおこなった日の直近の日の肩高の計測値ならびに体重(kg)を肩高(cm)で割った相対体重を表4に示した.
乳房の腫脹 2000年5月より乳房の腫脹が認められた.その後2001年12月12日より腫脹が一段と認められ,死産の2日前の2002年1月9日にはさらに顕著となった(図2a〜d).
陰部からの粘液分泌 陰部からの粘液分泌は2001年10月25日に初めて認められ,その後2001年11月15日,11月21日,2002年1月9日および1月10日にも認められた.

表2マックの来園後からズゼの死産までに認められたマックのムスト発現状況.中央日は開始日から終了日までの期間の中央にあたる日とした

表3 マックの来園後からズゼの死産までに認められたマックとズゼの交尾日

表4 1998年から2002年までのズゼの体重,肩高および相対体重(体重/肩高)の推移

図1 1999年7月から2002年1月までのズゼ腹幅(●)と腹囲(◯)の変化

浮腫 2001年7月2日より腹部に顕著な浮腫が認められ,同年7月13日には陰部にまで拡大した.陰部へ拡大した浮腫は7月28日に自壊したため,強酸性水(pH2.9)および1/2に希釈したプレポダイン®ソリューション(丸石製薬株式会社:ヨードホール製剤)の噴霧ならびにゲーベンクリーム(三菱ウェルファーマ株式会社:スルファジアジン銀クリーム)の塗布をおこない,8月26日に完治した.
排便量と排便回数 ズゼの正確な1日の排便回数および総排便量はマックとの同居をおこなっているため把握することは困難であった.しかし夜間マックと別居させるようになった1999年5月以降は夜間の排便量の変化を観察することが可能となった.その結果,観察当初から50~60塊であった排便量が2001年12月9日以降30~40塊に減少した.また1塊の大きさも目視上6~7割になった.
排尿量と排尿回数 通常時における1日の排尿回数および総排尿量が把握できていないため,定量的な変化を比較することはできないが,浮腫が陰部まで拡大した2001年7月26日以降1回の排尿量が減少した.7月29日には頻尿も認められたが2日で解消した.その後排尿量は陰部の浮腫が退縮傾向となった8月1日より増加した.それ以降は明らかな変化を認めなかったが,死産直前の2002年1月7日より1回の排尿量が減少する傾向が認められ,死産をした1月11日には頻尿が認められた.
陰部の下垂 排尿後における陰部の下垂時間の増長は認めなかったが,排尿時以外の陰部下垂が2001年9月7日より頻繁に認められるようになった.
胎動 妊娠期間中明らかな胎動は認められなかった.

a 2000/8/27

b 2001/1/29

c 2001/7/31

d 2001/12/31

その他 採食量は1月9日までは顕著な変動を認めなかった.また飲水量は死産当日まで顕著な変動を認めなかった.
一般行動においては,死産前日の2002年1月10日に緩慢化が認められた.
他の飼育個体の匂いに対する関心については,2001年9月6日より夜間に全く接触することのないマックの寝室に入り,マックの糞尿に強い関心を示したり,隣室に別居している諏訪子の糞尿に対して柵越しに強い関心を示すようになった.
乳汁分泌を含めた乳頭からの分泌は死産を呈するまで全く認められなかった.妊娠診断血中プロゲステロンの測定値を図3に示した.これよると1999年3月18日までの測定値は0.5ng/㎖未満で低かったのに対して,2000年5月20日および2000年7月1日以降の月1回の測定値が継続的に高い値を示し,妊娠が疑われた.
超音波検査では胎仔の確認はできなかった.また動物生体情報モニターおよびドップラー胎児心拍検出器による胎仔心拍の聴取も不可能であった.
分娩(直前から死産まで)
1月9日朝からズゼの陰部から粘液の分泌が認められたが,その分泌量はこれまで認められた3回(2001年10月25日,11月15日および11月21日)よりやや多かった.
1月10日朝,前夜に給与した乾草の採食量の減少が認められた.また前日に続いて粘液の分泌が認められた,動作においては緩慢化が目立ち,放飼後にも食欲の低下が認められた.同日午前12:10以降は陣痛と思われる背湾姿勢が頻繁に認められ,尾で陰部や下腹部を叩く,突然吠えるなどの行動も頻繁に認められたため室内に収容した.収容直後の給餌では良好な食欲を示した.尿検査では著変を認めなかった.断続的に認められていた背湾姿勢は時間とともに減少した.
1月11日,前日からの背湾姿勢が再び断続的に認められ,午前6:00より会陰部の腫脹が認められた.この腫脹は時間とともに拡大し,午前8:30に破水し,出産した.娩出された子に生存感はなく,心音,呼吸音ともに聴取できなかった.そのため母獣からすぐに引き離し,胸部マッサージ,日本薬局方デスラノシド注射液(ジギラノゲン®注射液藤沢薬品工業株式会社)1Aおよび日本薬局方ジモルホラミン注射液(テラプチク筋注エーザイ株式会社)1Aの筋肉内投与をおこなったが,心拍呼吸とも開始することなく,また瞳孔反射もなく死産と判断された.
死産子の性別はメスであった.体重を含む体各部の計測値を表5に示した.

図3 1998年5月7日から2002年1月5日までの血中プロゲステロン測定値(検査に用いた血清の採取日の間隔は一定でない)

死産後の経過
後産は出産日の午前9:30に排出された.また乳頭の触診により乳汁の排泄がみられた.
1月11日午前10:00,出産後初めて果物,野菜などの採食を認めた.その後午前11:15に給与したブドウ糖液とお湯を飲むのを確認した.また午後には乾草や笹などの採食も認め,食欲は安定していると判断された.
出産直後極度に興奮することもなく,飼育係の号令に対しても従順な反応を示した.しかしマックが放飼場において遊具で遊ぶ音や振動などに対しては敏感に反応し不安定な状況になったため,1月12日に遊具を撤去した.
出産後の陰部からの出血は,1月13日から15日までの3日間と,2月6日から4月2日までの55日間の2期間に認められた.
1月13日陰部下方に浮腫を認めた.腫脹は陰部上方に進展することはなかったが,継続して認められ,1月21日から減退し始め,1月28日に完全に消失した.しかしその後1月30日から胸部に腫脹を認めた.この腫脹は腹部に移行しながらも減退し始め,2月15日には完全に消失した.
死産当日の乳頭の触診により乳汁の排泄が認められたため,1月13日から1月19日まで連日1日1~2回の搾乳をおこない,合計2,569gの乳を採取した.その後1週間に1回の搾乳に切り替えたところ,1月26日,2月2日および2月9日の3回について採取できたが,採取量は顕著に減少し,2月16日にはまったく採取できなくなったため以降搾乳を中止した,搾取した乳汁はマイナス80℃で冷凍保存した.
出産翌日は週1回の血液検査日であったが,特に異常は認めず,その後の週1回の血液検査でも2003年12月末現在までに異常は認められていない.
出産後から続けていたズゼの別居飼育は1月30日に中止した.以後3月19日まではマックとズゼを交互に放飼場に出していたが,3月20日からは放飼場での同居を開始し通常飼育に戻した.
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表5 死産仔の計測値

考 察

雌雄間の性行動
マックは1995年3月に2歳9か月で当園に来園して以来1999年6月に初めてムストが認められるまでまったくムストが認められていなかったことから,1999年に7歳で春機発動を迎えたと考えられた.オスのアジアゾウの春機発動の年齢は7~10歳と報告されており(Jainudeen et al.,1972),マックで推測された春機発動の年齢はこの報告と合致していた.マックの春機発動後からズゼの妊娠までの間に認められた3回のムストにおける2回のムスト間隔(中央日で比較)は121日(17.3週)および123日(17.6週)であった.アジアゾウにおけるメスの発情周期の長さは15~17週と報告されており(Hess et al.,1983;Plotka et al.,1988;Taya et al,1991;田谷,1993),今回認められたマックのムスト間隔はこれに近い値を示していた.マックとズゼの交尾はマックの第1回のムスト期間中である1999年7月24日に初めて確認された.この後2回目のムスト期間中の1999年11月とムスト期間中でない2000年1月にも交尾が確認され,2000年9月以降は頻繁に確認されるようになった.一方1999年9月4日から2002年1月12日までの間に週1回採血し凍結保存していたズゼの血清について血中プロゲステロンをエンザイムイムノアッセイにより測定した結果,2000年4月から妊娠によると考えられるプロゲステロンの上昇が認められた(浜ほか,2003),アジアゾウにおける排卵を促すLHサージは他種の動物と同様にプロゲステロンが上昇する直前に認められることが報告されている(Brown et al.,1991).よってズゼが妊娠に至った排卵は血中プロゲステロンが上昇を開始する直前の2000年3月中旬から下旬頃に起こったと推測された.マックの3回目のムスト期間中である2000年2月から4月の間に交尾を確認することはできなかったが,このムストが始まって4週目の2000年3月中旬には追尾,マウントなどの行動が増加していた.交尾や交尾の前行動である追尾やマウントなどは同居している時間内で不規則に発生するため,観察の不備により見落とした可能性もあり,2000年3月中旬から下旬にかけても交尾があったと推測された.2000年5月20日にズゼの妊娠が疑われるようになり,それと同時にマックのムストの発現がなくなった.以上のことからメスの発情とオスのムストは同調すると考えられた.さらにズゼが妊娠期に入りマックのムストが消失したことにより,オスのムストの消失がメスの妊娠を示唆する可能性があると考えられた.
ズゼが妊娠期に入った後,マックはムストが消失したにも関わらずズゼへの性行動を示した.このことからムストはメスの発情により誘起される現象であり,直接的にオスの性行動を引き起こす原因ではないことが示唆された.Cooper et al.(1990)もムストがオスの性行動を引き起こす効果がないことを示唆している.なお妊娠メスへのオスによる性行動はKirshne(1971)によっても観察されている.
妊娠診断
今回の妊娠においては心電計やドップラー聴診器を使用した胎仔心拍の検出ならびに超音波エコー診断器による胎仔の映像化を試みたが胎仔の存在を確認するには至らなかった.しかしこれらの検査は十分な回数を実施していないため,その有用性に対する評価は下せない,胎仔心拍の検出による妊娠診断についてはこれまで数例の成功例が報告されている(White et al.,1921;Jayasinghe et al.,1963,1964;Geddes et al.,1967),またカンザスシティ動物園では経腹的超音波診断によるアフリカゾウにおける妊娠初期の妊娠診断に成功している(Paulsen,2001).よってこれらの妊娠診断法については次回以降の妊娠においてさらに検討を加える必要があると考えられた.
アジアゾウにおける発情周期中のプロゲステロン分泌が亢進する黄体期(luteal phase)の平均的な長さは10週前後と報告されている(Hess et al.,1983;Plotka et al.,1988;Olsenetal.,1994).加えてこれまでゾウにおける偽妊娠の報告がみあたらないことから,血中プロゲステロン値が10週以上連続的に高値を持続すれば,妊娠の可能性が高まると考えられた.本報では妊娠期には1か月に1度の検査であったが連続的なプロゲステロン値の高値が認められ,妊娠が疑われた.このことは1999年9月4日以降週1回の採血で得られたズゼの凍結保存血清を用いて死産後にエンザイムイムノアッセイによって実施した検査においても連続的なプロゲステロンの高値が認められたことにより裏付けられた(浜ほか,2003).
死産子について
アジアゾウにおける新生仔死亡についてはヨーロッパ,アメリカ,日本および南アジアのデータが詳細に検討されている(Kurt and Khyne,1996).この報告によれば出生時体重には死産仔(124.6±20.8kgn=13)と生存出生仔(92.0±27.6kgn=32)の間に有意差(p<0.001)が認められており,ヨーロッパやアメリカなどの動物園やサーカスのゾウと南アジアの使役ゾウとの間では新生仔体重(動物園:105.6±26.6kg n=40,南アジア:74.0±21.6kg n=6)と妊娠期間(動物園:644.4±19.5日n=15,南アジア:598.1±51.6日n=20)において有意差(p<0.001)が認められている.また死産率はヨーロッパの動物園やサーカスでは16.5%であったのに対してミャンマーでは4%であったと報告されている.さらに動物園における母ゾウの妊娠2年目の初期の相対体重(体重g/肩高cm)と新生仔の体重の間にはスピアマンの順位相関係数が0.94で表される正の相関(p<0.01)があり,また彼らの相対体重の平均±SDが11.9±1.5であったのに対して,スリランカの使役ゾウの同時期の相対体重の平均±SDは9.6±1.1であったと報告されている.これらの調査結果より死産は相対体重の大きいメスから長い妊娠期間を経て重い体重の新生子が生まれる場合において,より高い頻度で起こることが推測されている.そして約600日の妊娠期間の後に60kg前後の体重で出生した新生仔の生存出生率は100%,650日の妊娠期間の後に110kg前後の体重で出生した場合の生存出生率は70%,680日以上の妊娠期間の後に平均130kgで出生した場合の生存率は20%であろうとの推論を導いている.今回のズゼの妊娠では受胎に至った交尾日が不明であることと,本報における血中プロゲステロン値の測定間隔が不定期かつ長いことから正確な妊娠期間を算出できない,浜ほか(2003)は,1999年9月4日以降実施した週1回の採血により得られたズゼの凍結保存血清を使用してエンザイムイムノアッセイによる血中プロゲステロン測定を実施したところ,2000年4月1日以降血中プロゲステロン値が急激に上昇していることを明らかにした.そこで4月1日を仮に受胎日として妊娠期間を算出すると640日となるため,ズゼの真の妊娠期間はこれ以上であると推測される.死産子の体重が135kgであったことと妊娠期間中のズゼの相対体重が13.89(2000年11月)および15.54(2001年11月)であり,Kurt and Khyne(1996)が報告する動物園やサーカスで飼育されている妊娠メスの相対体重の値よりもはるかに高い値であることからも,今回の死産仔は彼らが推論する長い妊娠期間の後に生まれた過大任であると考えられた.

引用文献

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要 約

2002年1月11日,神戸市立王子動物園で飼育中のアジアゾウが死産した.この死産にいたる繁殖経過の中で発現したオスのムストとメス発情が同調する傾向が認められた.またメスが妊娠期に入ったとほぼ同時にオスのムストが消失したことからムストはメスの発情により誘起される現象であり,直接的にオスの性行動を引き起こす原因でないことが示唆された.
妊娠診断法については,これまで成功例のある超音波検査や心電計を用いた胎仔心拍記録法,さらには新たにドップラー聴診器による胎仔心音を聴取する方法を試したが,不成功に終わった.既にその有効性が他の多くの報告で確認されている血中プロゲステロン測定法は妊娠診断に有効であることが再確認された.
今回の死産仔の体重は135kgであり,在胎期間は640日以上と推測された.これは,ヨーロッパやアメリカの動物園やサーカスのアジアゾウと南アジアの使役ゾウにおける繁殖状況を総説した報告から導かれた結論と照らし合わせて考えると,長い在胎期間の末に生まれた過大子であると考えられ,これが死産に至った原因であると推測された.

謝 辞

死産子の剖検にご協力いただいた,大阪市天王寺動植物公園の竹田正人氏,京都市動物園の岡橋要氏および当園職員に深謝いたします.
(2003年6月26日受付,2004年12月9日受理)

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